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「宇宙空間輸送」がアツい : ” ロケットのその先”の輸送ビジネスの現状

この記事は…

◆筆者:宇宙輸送(ロケット)のスタートアップで働いている人
◆対象:ロケット以外の宇宙輸送について興味のある方
◆内容:宇宙空間の輸送を3種類に大別して、それぞれの現状をまとめる
◆狙い:領域が拡張する宇宙輸送ビジネスのポテンシャルを伝えること

※宇宙ビジネスに関するnote記事を毎月投稿する「#まいつき宇宙ビジネス」シリーズ:2023年10月分

はじめに

宇宙輸送という単語は現状ほとんどの場合においてロケットを指して使われます。

ですが、一部ではありますがロケットの先の輸送領域も存在しており、私個人としてはここに非常に興味をもっています。
そこで今回の記事は、ロケット自体と比べると比較的新しいこれらを「宇宙空間輸送」と括り、現状についてまとめてみます。


「宇宙空間輸送」って何?

「宇宙空間輸送」という単語は今回の記事のためにつくった造語です。(Googleで検索してみましたがまだ世の中では使われていないようです)
私が本記事で紹介したいトピックスを一言で言い表せそうなので、造語で恐縮ですが使わせて頂きます。

あえて定義をするなら、「宇宙機による 宇宙空間の間の輸送、もしくは宇宙空間-天体間の輸送」でしょうか。輸送の始点が地球表面上ではない点がポイントです。

3つの宇宙空間輸送

宇宙空間輸送を3つの分類にしてみたが以下のイラストです。

名称とイラストでほぼご理解いただけると思いますが、念のため文章でも説明しておきます。

1.  軌道間輸送

名前そのままですが、ある軌道から別の軌道への輸送を指します。
例えば、高度500kmから高度600kmの軌道への輸送、地球低軌道(LEO)から中軌道(MEO)への輸送といったものです。
この輸送を担う宇宙機として軌道間輸送機(OTV:Orbital Transfer Vehicle)があり、小型衛星の軌道遷移サービスに用いられています。

2.  軌道上拠点への輸送

「軌道上拠点」に現状該当するものは国際宇宙ステーション(ISS)です。こうした軌道上の人類の活動拠点へ物資や人員を輸送するのが、この分類です。
なお、ここでいう「軌道上」は地球周回軌道に限らず、他の天体の軌道上も含みますので、今後月周回軌道に整備されるゲートウェイも軌道上拠点に含めます。

3. 天体上への輸送

天体ではなく「天体上」としているのは、地表面に”着陸する”ことを含むためで、周回軌道や軌道上の拠点までの輸送とは別の難しさがあると考えています。
この輸送領域の典型例は月面輸送です。民間ビジネスでもホットトピックスになっていますね。

というわけで、各輸送の現状についてそれぞれ見ていきましょう。

「軌道間輸送」の現状

現在の市場 : 小型衛星の軌道遷移サービス

ロケットによる衛星の打上げにおいて、過去には一つのロケットで一つの衛星を打上げことが原則でしたが、近年はライドシェア(相乗り)打上げも頻繁に行われています。
このライドシェアにおいて、サブのペイロードとして打上げられる衛星は行き先(投入する軌道や高度)を選べません。その選択権はメインペイロードにあるためです。

そこで登場するのが軌道間輸送機(OTV)です。
ロケットから放出された後、OTVがそこに取り付けられた衛星を目的の軌道まで連れていき放出するサービスが「民間需要」として行われています。
軌道投入の「ラストワンマイル輸送」なんて呼ばれたりもします。

Exolauch社のOTV「Eco Space Tug」のイラストとミッション解説がわかりやすかったので引用させていただきます。

色々な衛星を身につけた状態でロケットから放出されます
出典:Exolaunch Webサイト
それぞれの衛星がいきたい軌道までOTVの推進系で移動して、各衛星を放出していきます
出典:Exolaunch Webサイト

サービスを提供中/提供予定の企業

※上記は一例

最後の2社(FireflyとRFA)はロケットがメインの会社ですが、M&A等によりOTV部門ももっています(垂直統合の一つの形ですね)。

今後の展望

このOTVによる軌道遷移サービスは、現状はそれ単体ではまだ大きな市場をなしているとは言えません。

しかし、私見ですが、宇宙輸送のサプライチェーンの中で一定のポジションを築く可能性は十分にあります。
小型衛星のライドシェア斡旋サービスとの掛け合わせ・OTVを輸送ではなく衛星バス自体として提供するサービスへの転用・ロケットとの垂直統合ビジネスといった形で、サービスのポートフォリオに組み込まれていることが多いです。

今年6月にはロケット会社のFirefly Aerospace社が、ライドシェアサービスやOTVによる軌道遷移サービスを提供していたSpaceflight社を買収し、事業領域を拡大させたことが個人的には印象的でした。

出典:SpaceNews / 画像クレジット:Spaceflight
引用元記事:Firefly Aerospace acquires Spaceflight Inc.

今後ますますキューブサット等の超小型衛星が安価に製造できる環境になり、業界全体で打上げコストの低減も進めば、ライドシェアのサブペイロードでも所望の軌道で放出されるサービスを前提としたミッションが増えてくると思います。

「軌道上拠点への輸送」の現状

現在の市場 : ISSへの貨物/人員輸送サービス

こちらは非常にわかりやすいですね。
一応説明しておくと、物資や宇宙飛行士をISSに送り届ける輸送で、地上へ送り返すことを含む場合もあります。
貨物においては「補給機」、人員輸送においては「宇宙船」と表現されます。
宇宙空間まではロケットで運ばれ、切り離された後は補給機/宇宙船が自身の推進系でISSまでランデブーし、ドッキングします。

ISSが多国間政府プログラムによる拠点ですので、現状の市場は「政府需要」ということになります。

政府プロジェクトとして、日本は長らく宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)を運用してきましたが、現在その後継機の次世代補給機「HTV-X」を開発中です。かっこいい。

出典:JAXA Webサイト

そして、こちらはアメリカSpaceX のDragon です。
ロシアに頼り切りだったISSへの人員輸送に、アメリカ企業としてサービス提供できる能力を確立したまさに救世主のような存在で、ロシアのウクライナ侵攻前に完成していて本当に良かったと今でも思います。外観も内装も本当に Cool !

出典:SpaceX Webサイト
SpaceXのFalcon9で打上げ
Credit : SpaceX
ISSより一段低い地球周回軌道に入り、そこからISSの軌道に移りドッキング
Credit : SpaceX

サービスを提供中/提供予定の企業 と その補給機

  • SpaceX - Dragon

  • Northrop Grumman - Cygnus

  • JAXA/三菱電機等 - HTV-X (開発中)

  • Roscosmos - Progress

  • Boeing - Starliner (開発中)

  • Sierra Space - Dream Chaser (開発中)

  • The Exploration Company - Nyx (開発中)

  • Rocket Factory Augsburg - Argo (開発中)

※上記は一例

今後の展望

前述の通り、輸送先となる拠点は現状ISSしかありませんので政府需要で市場が閉じていますが、順当にいけばあと5〜10年程で「民間需要」が生まれます。
それが「商業宇宙ステーション」への輸送ニーズです。

NASAが商業宇宙ステーションの開発を支援するプログラムを進行中で、複数のプロジェクトからISSの後継ステーションを建造・運用する選ぶことになっています。(最近3つあるプロジェクトのうち1つが別のプロジェクトに合流したり、プロジェクト内の企業間の思惑の違いが報じられたり、まだ実現性は保証されたとは
言えませんが…)
また、ISS自体を拡張して独自の宇宙ステーションに作り替える計画を進めている企業もあります。

右側のノースロップ・グラマン社は計画を中止し、真ん中のナノラックス社の計画に合流
出典:文部科学省 資料

こうした商業宇宙ステーションに物資や人員を輸送する需要が遅かれ早かれ確実に生まれる中、輸送サービスも多様化・低コスト化が求められ、現状の政府プロジェクトの領域から徐々に民間ビジネス主体へとシフトしていくことは間違いありません。

なお、政府需要にも新たな”目的地”が生まれようとしています。
その軌道上拠点は地球周回軌道ではなく月周回軌道上、すなわち月周回有人拠点「ゲートウェイ」です。
2026年頃完成予定で、JAXAが開発するHTV-Xもこのゲートウェイへの物資輸送を担うことになっています。

「天体上への輸送」の現状

現在の市場 : 月面への貨物輸送サービス

今回の3分類の中で最も新しいこの輸送領域ですが、幸いとてもメジャーになった実例がすでに存在します。それは「月面輸送」です。

今年4月に日本のispace社が民間初の月面着陸に挑戦したニュース。特に日本国内では広く認知されていると思いますが、ispace社のビジネスがまさに「月面への貨物輸送サービス」になります。
下記のグラフはispace社の投資家向け資料で示された月面輸送ビジネスの市場規模予測ですが、CAGR+12% という中々の成長予測が示されています。

出典:ispace「新株式発行並びに株式売出届出目論見書」
ispace社のAPEX 1.0 ランダー
出典:ispace Webサイト

これだけの市場の成長が見込まれているので、もちろん世界中で月面を目指す企業が多く登場しています。
NASAでは Commercial Lunar Payload Services(CLPS)というプログラムを立ち上げて、民間企業による月面への物資輸送サービスを促進しようとしており、以下の図のように多様な面々が同プログラムでサービスプロバイダーとして認定されています。

出典:NASA  Commercial Lunar Payload Services Webサイト

サービスを提供中/提供予定の企業

※上記は一例

今後の展望

民間による月面貨物輸送の技術が確立されるのは秒読み段階と言えます。ispaceは最初にミッションこそ失敗してしまいましたが、遠くない未来に成功させてくれると信じています。
私はむしろ需要サイドがどこまであるのか、という方が気になります。純粋なビジネスが月面で広がるのはもう少し先だと考えており、当面は米中の新時代の宇宙開発競争に引っ張られる形で政府需要ドリブンになるのではないでしょうか。

なお、こちらも政府需要ですが、月面への人員輸送に関して、アメリカ主導のアルテミス計画ではあと数年(一応 2025年予定)で挑戦する計画です。
SpaceXとBlue Originがアルテミス計画の有人ランダー開発企業として選ばれていますね。いち宇宙ファンとして彼らの挑戦を応援しています。

Blue Originの有人月面ランダーBlue Moon、色々ありましたがついにアルテミス計画に選出されました
出典:Blue Origin Webサイト

将来出てくる宇宙空間輸送

最後に、今後生まれてくる新たな宇宙空間輸送をご紹介します。
それは「天体発」の輸送です。

月面の開発が活発になると科学サンプルや物資、ひいては人員の地球への輸送のニーズが生まれてきますので、月面から離陸に最適化された輸送システムが必要になってきます。
また、火星からの科学サンプルの地球への送り返しミッション Mars Sample Return Mission もNASAとESAの共同プロジェクトとして進行中です。

さらにその先に、天体発-深宇宙行きの輸送も生まれてくるでしょう。
間違いないのは、月面から火星への貨物/人員輸送です。
現在考えられている月面に基地を作った際の一つのアプリケーションが、火星等への中継地点としての活用です。
下の資料の通り、地球から火星に物を送る(15,010 m/s)よりも月面から送る(5,680 m/s)方が格段に必要なエネルギーを抑えられることがわかります。
月面自体を”宇宙港”にして深宇宙へ物や人を送り出す、そんな未来が(時間こそかかれど)やってくるでしょう。

出典:内閣府 資料

まとめ

今回は宇宙空間輸送についてまとめてみました。
改めて、「政府が領域を切り開き、民間がビジネスの力でそこを繁栄させる」という構図が、軌道上拠点への輸送や月面への輸送で現在進行形で行われているのを感じ、面白い時代だなとワクワクします。

そして、なぜ自分がこんなに宇宙空間輸送に興味を引かれるのかの答えにも記事執筆を通して気づけました。それは、物流/人流の拡大により本当の意味での”人類の活動領域”を押し広げることに繋がる「人類が次の20年に発展させるべき技術」だからです。
ロケットが十分に安価かつ供給が豊富になった後は”宇宙空間輸送の時代”が来ると信じています。

次回のテーマはまだ考え中ですが、そろそろ衛星をみてみたいと思っています。
(取り上げてほしいテーマのリクエストがあったら X で教えて下さい)

ではまた〜

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