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【短編小説】鉄塔の町:霊がいっぱい

 栗原さんの後に続いてカフェに入った。入った瞬間、僕は目の前の光景に驚いて棒立ちになった。店の中は幽霊で溢れていた。
 もちろん、そいつらが幽霊かあるいは他のものかは、今まで幽霊を見た記憶がないので分からないが、幽霊に違いないと思った。それ以外に何と言えるだろう。
 半透明で人の形をした暗い影は、店にいる客の体やパーテーション、テーブルを気にする様子もなくすり抜けていく。
 幽霊を見れば、普通は恐怖を感じると思う。しかし店内は立錐の余地のないほど幽霊だらけで、こんなに多くの幽霊に一度に遭遇すると、圧倒されて驚くことしかできなかった。
 幽霊たちはあちこち動き回ったり、一所にじっとしていたり、それぞれが勝手気ままに振る舞っていた。そして僕も含めた店内の人間をまったく気にしていなかった。幽霊たちには人間のことが見えていないようだったし、店の客にも幽霊は見えていないようだった。


 栗原さんはカフェに入ると、すぐに2階席に上る階段へと向かった。その途中、何人もの幽霊が彼女の体をすり抜けていくのが見えた。彼女にもやはり幽霊は見えていなかった。彼女は階段を上り始めると、僕に振り向いて早く来いと目で合図した。
 体をすり抜けていく幽霊に気味悪さを感じながら、僕は栗原さんの後を追って、2階席に行った。


 2階席に上がると、なぜか幽霊はいなかった。大場さんは壁際の席に座って新聞を広げていた。僕と栗原さんは、大場さんのちょうど反対側1階席が見下ろせる場所に座った。ゴーストの社員は大場さんと僕らに挟まれる形でボックス席に座ることになるだろう。そのボックス席は、これから現れる熊沢某が好んで座る場所だと、大場さんが前もって調べていた。
 
 

 2階席に男が上がってきた。身長は170cm位。40代、小太り。頭髪は少し寂しくなりかけている。
 大場さんが目配せするのが見えた。この男が熊沢だ。
 熊沢はボックス席にドカッと座ると、煙草をくわえて火を点けた。そして煙草の煙を吐き終わる前に、コーヒーが運ばれてきた。2階席に上がってくる前に、すでにオーダーしていたのだろう。
 しばらくすると、熊沢の席へ男がやって来た。30代と見られる。熊沢の部下だろうか。深刻そうな表情をしている。そして、その男の背後には黒い影のようなものが張り付いていた。それは1階で溢れていた幽霊とは、全く別のものだった。半透明ではなく、光を反射しない真っ黒い影で、明らかに意志を持ってその男の後ろに立ってた。
 


 
 



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