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【短編小説】鉄塔の町:クリニック

 「先生、それ」
 看護師の半田詩乃はんだしのはキッと目配せして言った。
 「あっ、これは失礼」
 高倉理たかくらおさむは椅子に座ったままズボンのファスナーを上げながら応える。自分より少し年上のアラフォーの恰幅のいい女性に、しかも睨まれながら言われれば従うしかない。
 「丸子昌二さん、処置室にどうぞ」
 半田は高倉を値踏みするように眺め、よしと頷いてドアを開け患者に呼びかけた。



 「どうぞ座ってください」
 高倉は自分の前に置かれた椅子を指さして言った。丸子は半田に支えられて腰掛ける。
 「やっぱり折れてましたか?」
 丸子は腰掛けるなり尋ねた。
 「レントゲンでは骨折は確認できませんでしたが、少し厄介でうちの病院では対応が難しいです」
 高倉はパソコンのキーボードを叩きながら応える。
 「それなら…」
 丸子は自分の予想とは違った答えに困惑した。
 「知り合いの専門医に連絡してあります。すぐにそちらへ行ってください。迎えの車も間もなく来ると思います」
 「え!今からですか?」
 「ええ、今からです。早いほうがいい。かなり重症です」
 「骨折より重症って…あるんですか?」
 丸子は当惑して言った。
 「詳しいことは、あとで専門医に聞いてください。迎えが来るまでの間、足をテーピングしておきますね」
 高倉は半田に丸子の左足を処置するよう目で合図した。
 「少し痛いですけど我慢してくださいね」
 半田は看護師然とした優しい口調で話しかける。
 「丸子さん、いくつか質問をよろしいですか?」
 高倉は丸子の顔を覗き込むようにして尋ねた。
 「は、はい」
 丸子は足の痛みに顔を歪めながら応える。


 「丸子さんはどちらにお住まいですか?」
 「東町です」
 「いつからそちらに?」
 「えーっと…あれ?」
 丸子は首をひねる。
 「丸子さん、お生まれはどちらですか?」
 「えーっと…」
 「最後に卒業した学校は?」
 「えっと、えっと…ちょっと待ってください、今思い出しますから…」
 「ご家族は?」
 「…何も、何も…」
 「何も?」
 と言って、高倉は丸子の顔をじっと見つめる。
 「今日、昼にカフェで封筒を受け取って、ひったくりの足を引っ掛けて、それから北沢を車に載せて…」
 「そのカフェに行く前にはどこに居ました?」
 「えっと…わ、わかりません…」
 丸子は青ざめた顔で頭を抱えた。
 「お祭りの夜のこと、覚えていますか?」
 「はい!覚えています!」
 丸子はスッと顔を上げて高倉を見た。
 「その祭りはいつのことですか?」
 「そ、それは…」
 丸子はまた頭を抱え込んだ。


 「俺、こ、これから…」
 迎えに来た黒いセダンの後部座席に座りながら、丸子は高倉を見上げ、少し呂律の回らない口で尋ねた。
 「心配しないでください。足もすぐに良くなりますよ」
 高倉はそう言って、笑みを見せ後部座席のドアを優しく閉めた。
 「後はこちらでやっておきますから」
 助手席に座った黒いスーツの男が窓越しに高倉に話しかける。
 「薬が効き始めています。もう眠ってしまうでしょう。あ、それと熊沢さんに今度飲みにいきましょう、って言っといて下さい」
 後部座席をちらりと見て、高倉は小声で言った。
 「了解です」
 黒いスーツの男は口角を少し上げて応えると、運転手に発車するよう促した。


 「先生、今月は多いですね」
 半田は高倉の横で黒いセダンのテールランプが小さくなっていくのを眺めながら言う。
 「そうだね」
 高倉もポケットに両手を突っ込んでテールランプを見送っている。
 「あの人、丸子さんでしたっけ?どうなるんですか?」
 と半田。視線はまだ遠くを眺めている。
 「それは僕らの考えることじゃないよ。僕らの仕事はここまでだから…」
 「先生!」
 半田は目配せして言う。
 「あぁ、これは失礼」
 


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