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農業小説|農家の食卓 ~ Farm to table ~ はじめに

あなたは「Farm to table」という言葉を聞いたことはありますか?

私はアメリカで仕事をして頃に、この「Farm to table」という概念と出会いました。もともとアメリカで生まれた食に対する考え方で、生産者から消費者の食卓へ安全で新鮮な食材を届けるという取り組みを指します。

日本でも地方のレストランなどを中心に少し前から注目を集めつつあって、これは「地産地消」や「サステナブル」な食のあり方にもつながる持続可能な取り組みなのです。

私が農業生産法人を経営していた時に農家レストラン「市島ポタジェ」を開業しました。こちらのオーナーシェフもしながら、お店を農場の敷地内に建設して、そこで野菜や家畜を育てていました。

会社では農薬取り扱いもしていましたし、通常仕入れる種は消毒済みです。だから「農薬:栽培期間中不使用」などと不自然な売り方をすることに疑問を持っていました。

だから大切にしていたのは、野菜などは遺伝子組み換えをしていない「種」を厳選することでした。こうして育てた野菜は実は、農薬じゃぶじゃぶの野菜と味に差があるかといえばないのが現実です。

嫌な言い方をすると人は情報を食べるのです。こうした野菜はなかなか流通に乗せることはできないのですが、農家レストランで提供する野菜としては最高にマリアージュするんですよ。

レストランで使用する肉は、自身の所有する山で自然のまま育ったジビエ肉を使って、手作りするなど、細部に至るまで気を配っていました。もちろん自分で狩猟免許もとって自ら命のありがたさを体験していました。

そもそもは自分の農地でひとしきり汗を流した後に、傍に流れていた小川で冷やしたビールを飲みながら、仲間とジビエ肉のBBQをしていて生まれてきたアイデアでした。

この時に考えたのが、農場とレストランが近いということは「安心安全で美味しい食材が提供できる」だけでなく、「環境にもやさしい」というメリットもあるということです。

例えば、食材を箱詰めするための容器や包装紙は不要になりますし、運搬することで発生する温室効果ガスの削減にもつながります。

もともと私は早い時期から自炊していましたし、学生時代にはカレーハウスやカフェを運営していた経験もありました。そして都会で仕事をするなかで「オーガニックの畑で野菜を作って、その近くで農家レストランを開きたい」という想いを長年抱いていたんです。

はからずも農業生産法人を起業することになり、農地拡大の意向と、学生の頃からのそんな想いに当てはまる場所を探していたところ、ちょうどよいタイミングで見つかったのが、兵庫県の市島という場所だったというわけです。

いろんなこだわりが詰まっていることもあって、このレストランで提供していた食材は安心して食べられる新鮮なものばかりだったし、たまたまテレビにも取り上げられて、たちまち予約が取れないレストランになりました。

実は予約テーブルはひとつしかなくって、夕方のオープン時間になると、地元のお客さんを中心に次々と店内に入り始めて、農家同士の話や猟師同士の話を楽しめたのが良い想い出になっています。

こうした気取らないレストランの在り方が、地元の人たちにとっても大切なコミュニティースペースになったと思います。

この「ファーム・トゥー・市島ポタジェ」の考え方は、日本中にも広げたいなということでプロジェクトを開始したところ様々なメンバーが集まって現在のDMOの運営というカタチになったのです。

私たちは、資金を集める専門家、農業の専門家、農地の専門家など色々なスペシャリティな領域で活躍した人間が集まってプロジェクトを進めています。

例えば、有機農業を実践している農家から食材を仕入れて、その日ごとに変化する「スペシャル」として、料理を提供することもできます。これをスター農家プロデュース事業と呼んでいました。

水平展開させた他の地域のお店では、週末限定でブランチも食べられる副業スタイルのお店も作ったりもしました。

いっときデンマーク流「ヒュッゲな暮らし」や地方創生のレポートでお伝えしてきたポートランドにも通じる「ゆったりとした空気」を楽しみながら、オリジナルの料理を味わってみると本当の豊かさを知ることができます。

私のシンガポールへの移住と共にお店は閉めることになりましたが、その物語を知ることで豊かさとは何か考える手掛かりになれば望外の喜びとなります。

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