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杜氏は今頃、どうしているのだろうか、一期一会を想う。

割引あり

私の酒蔵では南部から杜氏を招聘して、新しいお酒を醸したその年に、二回りも年齢の違う父の背中に似た当時と桜の下で新種を酌み交わしたことがありました。

桜の花が乱れ咲く向こう側には、酒蔵の黒い瓦屋根と白壁がひときわ鮮やかに輝いていました。この古木の枝ぶりは堂々たる風格をたたえながら、見あげるものを包みこむかのような、やさしい佇まいをしていたのが印象的でした。

杜氏と私は顔を見合わせて、腰を掛けることができそうな根の瘤に腰を掛けて、何を話すこともなく自然にそこで杜氏が片手に携えた四合瓶から酒器に品評会に出したお酒を注ぎながら静かな花見を始めたのです。

桜の花が咲くと、ここらではもうすぐ田植えとなり、甑(こしき)を倒す時期になります。 甑とは米を蒸す道具で、それを倒すというのは、日本酒づくりのシーズンが終わりを迎えたことを意味します。

こうして秋から冬にかけて醸された酒は、春そして夏の間、瓶やタンクの中で風味を深めていくなかで、居すわろうとする残暑と秋の涼風がせめぎあう頃、「ひやおろし」と呼ばれる新酒が出まわります。

そして、この年の稲刈りが終わる時期に、また酒づくりが始まるのです。時間は年を重ねれば重ねるほど速くなっていく気がしてならないと思いませんか。私がこの蔵の経営を任されたのはたった一年前のことでした。

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