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【短編小説】最後の面接「1と1」

東京の小さなワンルームの明るい部屋で、中谷太一は机に向かって座り、深くため息をついた。


部屋の壁には、カレンダーの日付に赤い丸がついている。

明日は、彼にとって就職活動の最終戦、憧れの企業の面接日なのだ。

太一にとって、これまでの就活は連続する失敗の連鎖であった…

履歴書の山、何度も繰り返された面接、そして毎回のように届く不採用通知。


しかし、彼は諦めなかった。その原点は、子供の頃に父から聞いた言葉にある。

太陽がまだ高く昇っていないある朝、小さな太一は父と庭でサッカーをしていた。

彼はボールを蹴り、父はそれをキャッチしてくれていたことを回想する。

突然、ボールが庭の高い木の枝に引っかかってしまいゲームは中断された。

父の身長であれば手の届く位置にボールは引っかかっていたが、父は太一に言ったのだ。

「太一、ボールを取りに行くんだ。」

彼は何度もジャンプを試みたが、手が届かなかった。やがて諦めかけた時、父が優しく、そして力強く話してくれたことがある。

「太一、君は何をしてもいい。ただし、一度決めたら最後までやり通すんだよ。」

太一は再びボールを取るために努力し始めた。

彼は近くの木箱を見つけ、それを使って高くジャンプする。


何度かの試みの後、ついにボールを手にすることができたのだ。

彼は喜びに満ちた笑顔で父のところに戻った。父が誇らしげに抱き寄せてくれたことを今でも温かい気持ちで思い返す。

その日から、父の言葉は太一の心に深く刻まれることになった。


それから、彼は幾度も諦めずに最後までやり通すことを繰り返してきたのだ。その度にそのシンプルな行動の大切さを学ぶことになった。


太一はいつも真面目で、控えめな性格だったが、その内には燃えるような情熱と夢を秘めている。彼の目指すのは、国際的なビジネスの世界。

しかし、現実は厳しく、夢と現実の間で彼はしばしば揺れ動くのだ。


それは同級生の加藤健一が対照的だったからだ。

彼はすでに複数の企業から内定をもらっており、その成功を周りに誇らしげに話している。健一は外向的でカリスマ的な性格だ。

学生時代からリーダーシップを発揮していて、多くの就職活動セミナーにも参加していて情報量も多い。


健一は太一に「お前もいい加減、現実を見た方がいいぞ」と言って笑ったが、太一はそれを気に留めなかった。彼には彼なりの戦いがあると確信している。

父の言葉を胸に、彼は自分の信じる道を進む決意を固めていた。

健一は「優秀」を絵に描いたような男で表面的なテクニックを駆使して就活に成功している。そこには内面的な満足よりも社会的な成功を重視する傾向があるからだ。


夜が更けるにつれ、太一は自分のこれまでの就活を振り返り、明日の面接の準備に取り掛かった。彼は心の中で、自分自身に問いかけた。


「明日の面接で、本当の自分を見せることができるだろうか?」

不安と期待が入り混じった中で、彼は目を閉じ、深い眠りについた。

結果はどうあれ、明日は彼の人生を変えるかもしれない大切な一日になるのだから。



朝の光が東京の街を照らし始めると、太一は目を覚ました。

彼の心は、不安と希望で満ち溢れている。

今日は、彼にとって就職活動の最終章、憧れの企業での面接が待っているからだ。


朝食を取りながら、彼は再び自分の過去を振り返った… 多くの失敗、そして少しの成功。それらすべてが、今日この日のための準備だった。


面接の準備を整え、太一は自宅を出発した。

電車に揺られながら、彼は自己分析のノートを開き、メンターの朝倉さんに教わったパレート図を見つめた。

この図は、彼の強みと弱み、そして価値観を視覚的に表していた。

彼は、これまでの経験から何を学び、どのように成長したのかを確認した。


「大丈夫、自分を信じて…」彼は自分に呟いた。


面接のビルに到着し、フロアで太一は深呼吸をした。

その時、彼の番号が呼ばれた。

「番号24、中谷太一さん、どうぞお入りください。」

太一はぎこちない動きで会議室に向かった。「ノックは3回…声をかけられたら入る…入室したらドアに向いて静かに閉める…」などと面接時のお決まりのマナーを頭の中で繰り替えしていた。


ドアの前までいくと想定していなかったことが起きた。面接官がドアを開けてくれたのだ。

太一は頭の中で思い描いていたフロー以外に用意していなかったので頭の中が真っ白になった。

そこで彼は面接官の難波さんと対面した。

彼の焦りぶりを見抜いた彼女は太一に微笑みかけながら言った。


「中谷さん、緊張されていますね。リラックスしてくださいね。」


面接が始まり、いくつかの質問をされたが、これまでメンターとしてきた対策のおかげでしっかりと答えることができた。

用意されていた面接時間から逆算すると、そろそろ終盤にさしかかっている。

自分のどんな回答に深掘りした質問がくるのかと緊張していたが難波さんは太一にある質問を投げかけた。

「中谷さん、自分の人生で一番大切だと思う価値観は何ですか?」


太一は少しの間、沈黙した。

彼の心は、一瞬のうちに過去へと旅を始めている。父からの教え、そして無数の失敗と成功。そして、ふと彼の心に、健一の顔が浮ぶ。

もし健一がこの質問を受けたら、どう答えるだろうか?健一ならばおそらく、「効率性と成功」と答えるだろう。しかし、中谷は加藤とは異なる道を歩んできた。


彼は深呼吸をしてから答える。「私にとって一番大切なのは、誠実さと責任感です。どんな状況でも、正直であり続け、約束を果たすこと。これが私の行動の指針です。」

難波さんは興味深く太一を見つめながら続ける。「その価値観は、どのようにして形成されたのですか?」

太一は、幼い頃の記憶に思いを馳せる。サッカーボールを取りに行ったあの日、高い木の枝に引っかかったボールを取るために必死になった自分。そして、父の言葉「一度決めたら最後までやり通す」。これらの経験が彼の価値観を形成していた。

「私の両親はいつも誠実でした。小さなことでも、約束を守り、正直であることを教えてくれました。それが今の私を形作っています。」

太一の言葉には、深い自己理解と誠実さが込められている。彼は健一とは異なるかもしれないが、自分自身の価値観に誇りを持っていた。

難波さんは微笑みながら、中谷の答えをメモした。彼女は中谷が持つ真実の強さを感じ取っていた。


面接が終わると、太一は一息つき、ビルを後にした。

彼は自分ができる限りのことをしたと感じている。

電車の中で、彼は窓の外を見つめながら、どんな結果が待っていても、自分が歩んできた道に誇りを持っていることを感じるのであった。



数日後、太一のスマートフォンが鳴った。画面には憧れの企業の名前が表示されていた。

彼の手がわずかに震えながら、通話ボタンを押す。


「はい、中谷です。」

電話の向こうから、難波さんの落ち着いた声が聞こえる。

「中谷さん、面接でのご発言、大変印象に残りました。私たちはあなたのような人材を求めています。喜んでお伝えしますが、あなたに内定を出したいと思います。」


太一の胸は喜びと驚きでいっぱいになった。彼は深く息を吸い込み、感謝の言葉が自然にあふれかえってくる。

「ありがとうございます。この機会をいただけて、本当に嬉しいです。全力を尽くします。」


通話を終えた後、太一は窓の外を見つめた。

彼の心には、不安と挑戦の日々が遠い記憶のように感じられる。彼は自分の選択とその道のりに誇りを持っていた。

その夜、太一は家族と友人に内定のニュースを伝え、みんなから祝福された。彼は改めて、自分の信じた道を歩むことの重要性を実感する。

彼の旅はまだ始まったばかりだが、彼は自分の能力と価値を信じ、明るい未来に向かって歩み続ける。


数ヶ月が過ぎ、太一は新しい職場での生活に順応していた。

毎日が新しい挑戦であり、学びの連続だった。彼は自分が夢見ていた国際的なビジネスの世界の一員として、日々成長している。

ある夕暮れ、中谷はオフィスの窓から夕陽を眺めながら、自分の過去を思い返している。

就職活動の日々は遠い記憶のように思えたが、その経験が今の彼を形作っていることに気づく。

「あの頃の自分に、ありがとうと言いたい」と彼は心の中でつぶやく…

その日、太一は大学の同級生と飲みに行く約束をしていた。

彼は健一にも連絡を取り、久しぶりに再会する。

健一は太一の変化に驚き、彼の成功を心から祝福してくれているようだった。

夜が更けるにつれ、中谷は自分のこれまでの道のりに感謝し、これからの未来に思いを馳せる。

彼は、自分の内なる声に耳を傾け、自分自身の価値を信じることの重要性を再確認した。

彼は自宅に戻る道すがら、星空を見上げながら考える。

「これからの人生は、無限の可能性に満ちている。自分の道を信じて、前に進もう。」

太一の物語は終わりを迎えたが、彼の人生の新たな章は、これから始まるばかりだ。

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