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怪奇小品 神


 触らぬ神に祟りなし、という言葉を時折耳にするが、まさしくその通りだと思う。一度始めた信仰は途中で放棄することは出来ない。たとえそれが先祖が祀った神であったとしても、自分たちが意思を持って始めたものではなかったとしても、一度始めたら永遠に身も心も捧げなければならない。何故ならば神を粗末に扱うとさわりがあるからだ。だから僕の一族は若い娘を生贄に捧げ続けなければならなかった。そうしないとこっちがやられてしまう。

 もとはといえば遠い昔、一族の繁栄や五穀豊穣を願って始めた信仰なのだと思う。しかし富と名誉とを引き換えに一族が負った業はあまりにも深すぎた。因は必ず業をもって償わなければならない。一度始めたら最後、決して後戻りはできない。要するに、それは一種の呪いの発動なのだろう。

 僕が生まれた家は、戦前は馬鹿でかい屋敷と山一つを所有している地元の大地主だった。戦後の農地改革で随分と土地を取り上げられたようだが、それでも屋敷の周囲は見渡す限り全て本家のもの。一族は男が生まれることがなく、女ばかりだった。だから父親は入り婿だ。僕は久しぶりに生まれた男だったようだ。

 しかし、僕が小学生の頃祖父母が相次いで亡くなり、叔父一家が突然失踪した。今でも行方知れずだ。親戚も不幸が続いている。そして僕が中学生の時父親がくも膜下出血で亡くなった。一族の血を引くのはもう母親と僕しかいない。母親は僕の大学進学と同時に家も土地も全て売り払い、先祖の墓も放ったらかしにして逃げるように東京へ引っ越した。

 僕は都内のアパートで母親と二人暮らしをしている。ごく普通の大学生だ。
 大学三年になったばかりの春、高校の同窓会があった。同窓会といってもクラス全員が集まったわけではなくて、親しかった友人達が八人ほど集まっただけのただの飲み会だ。
 僕は電車に二時間揺られてもともと住んでいた土地の駅に着いた。僕の地元はそこからさらに車で一時間ほどかかる山の中の孤立した集落だ。そこには何もないので、駅前の居酒屋に集まることになっていた。
 久しぶりに会う友人達と近況報告をまじえながら会話を進めるうちに、僕はあることを知った。
「なあ、長澤のこと知ってるか?」
 直樹が目を伏せながら言った。直樹はクラスで一番親しかったやつだ。当時は一緒にサッカー部に所属しており、直樹は部長で僕はキャプテンだった。
「長澤って、長澤香織のこと?」
 香織は僕が高校三年のときに付き合っていた子だ。色白で華奢な外見に反してとても気が強く、喧嘩をするたびに僕は平手打ちをくらった。
「長澤がさ、去年交通事故にあって亡くなったんだよ」
 頭の中が真っ白になり、言葉が出てこなかった。僕は直樹を直視したまましばらく黙っていた。
「なんだよそれ、俺は知らない。どうして誰も教えてくれなかったんだよ」
「葬式も家族葬だったし、みんな知らなかったんだよ。俺も最近になって風の噂で聞いたんだ」
 酸っぱい胃液が喉元までこみ上げてくる感覚があった。あの香織が?あんなに気が強くて、元気だった香織が?嘘だろう?信じられない。田舎でずっと平穏に暮らしているとばかり思っていたんだ。
 それからはほとんど会話の内容が頭に入ってこなかった。彼女の姿が何度も何度も目の奥に浮かび上がった。もうあの笑顔がこの世界に存在しないなんて嘘だろう?

 そしてーー、
 同窓会があったその翌年、付き合っていた彼女が交通事故で亡くなった。そのあとすぐに母親が心筋梗塞で亡くなった。

 僕は祈祷師や寺に片っ端から相談した。でも言われることはいつも同じだった。
 一族の業が深すぎて、祓うことは出来ないそうだ。先祖は余程の悪行を重ねてきたに違いない。じゃあどうして僕は死なないのかと訊ねた。すると、おそらく生まれつき何か強いものを内包しているから手出しが出来ないのだろうと言われた。

 なんだよそれ。殺すつもりならさっさと殺せばいいだろう。僕は死ぬことなんか怖くない。いつでも来い。

 わかっている。呪いは僕をただでは殺さない。一族最後の男をじわじわと追いつめて追いつめて嬲り殺しにするつもりだ。でもそんなの僕には関係ない。父親や母親が自分の運命を甘んじて受け入れたとしても、僕は皆の命を奪った存在を決して許さない。許さねえからな。お前らの思い通りにはならねえからな。

 了









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