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怪奇小品 罪

 数え四つになる子をおぶっている。やっと生まれた長男であったが、この子は今だ言葉を喋らず、おそらくはおしなのだろうと舅や姑に罵られていた。その子の口元にはほくろがあった。

 五位鷺ごいさぎの鳴き声が響く畦道を子守唄を口ずさみながら歩いた。茜色に染まったこの虚しい空の色合いを私は生涯忘れないだろう。
 雑木林へ入り、草葉の生い茂る難路をひたすら進む。すると道祖神の祀られているひらけたところへ出た。道祖神の隣には立派な杉の木があった。
 杉の木にその子を縄でくくりつけた。塩辛い涙が頬を伝って落ちた。

「おかあはすぐに戻って来るから、少しだけここで待っておいで。なにも心配せんでええ。神様が守ってくれるからな」
 その子の手に握り飯をもたせ、その場から走り去った。家にたどり着く頃には太陽は西へ落ち、周囲は暗闇を包まれていた。涙で頬を濡らしながら見上げた空には月魄つきしろが紅く輝いていた。

 間引き。その時代はどの家でもそれが行われていた。そうしなければ女は生きてはゆけぬ。この世は生き地獄なのだ。物心つく前の子にはまだ魂が宿っていないので、あの世へ行ってもすぐに生まれ変われるのだという。ではこの身に、この肌に刻まれた罪業はどこへ還るのだろうか。よもや消滅することはあるまい。私はこの身に刻まれた見えない焼印を素直に差し出さなければならない。罪を罪と認め、その意識を受容することこそが輪廻の始まりであり連鎖となるのだ。

         ※       

 
 そして現代。
 私には宿世すくせの記憶がある。後悔の念が追憶の欠片となり胸に刺さったままだ。私の長男には口元にほくろがある。四歳になってやっと言葉を話すようになった。七歳になった時、「ずっと待ってたよ」と言った。
 もう絶対に置いていかないからね。
 罪を罪として認識することから全ては始まるのだから。

 了

 怪奇小品全三話、読んでいただきありがとうございました!!クリスマスシーズンに陰鬱な物語ですみません!











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