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異形者達の備忘録-17

歩く人

私はユリ、中学生です。駅ビルのお蕎麦屋さんでアルバイトしてます。

いつも帰路につくのは夜の10時頃になってしまうのです。田舎なので、500メートルも行かずに道は暗くなります。その明暗の境目に、ちょっと大きな神社があります。それを過ぎれば5分で我が家に着きます。

赤いワンピースの女性が歩いていたんです、私の百メートル先、やたら明るい神社の街灯の下を過ぎて、私の行く方向へ、道は一本道です。自転車なので、すぐ追いついて、追い越す、アレッ誰もいない、暗い道が真っ直ぐ伸び、さらに暗い闇に伸びるばかりだ。

全力疾走で帰ったさ! 母屋の人の迷惑も考えず、自分の離れに飛び込んだ。大きな音を立ててしまい、母家から「ウルセー!」と声がした。ごめんおばさんと、心で謝った。さっきから唸っているノートパソコンを開くと、紀伊半島に2箇所赤いポイントが立った。

画像は海岸となり、明るい太陽とカラフルな水着・パラソル・賑わう海の家、その奥に1人ポツンと座る赤いワンピースの女が、クリームソーダを前に電話している。衝立の奥で、アルバイトがヒソヒソ話をしている「あの人、もう2時間も電話しているよ」「混んできてるのになあ、通話している風でもないし」 アルバイトの会話は、女に聞こえていた。もう何回も電話しようとしているのに、電話番号を全部押しては止める。それを繰り返していた。

彼とは5年も同棲していた。結婚の話も出ていたし、2人で貯金もしていた。それなのに、些細なことで喧嘩した翌日、(ごめんね さよなら) それだけ書いたメモを置いて、帰って来なくなってしまった。2人の貯金も殆どおろされていた。私は10年近く働いた会社も退職して探し回った。そして、彼が故郷に帰っていることを知り、この海岸沿いの街に来てしまった。市役所で彼の実家の電話番号を知り、電話すると、会ったこともない彼の母親が出た。仕事関係の知り合いだというと、家族で海岸に行っていると、彼の携帯の番号を教えてくれた。知らない番号だった。

彼の母親が言った言葉の中の 家族で海岸 の、家族と言う所が、心に引っ掛かり、通話ボタンを押すことができない、もう帰ろうと思い、海の家を出た所で、小さい子供を連れた夫婦に出会ってしまった。

彼だった。呆然と立ちすくむ彼に、「あら、久しぶりね、私 仕事で来ているの、急ぐので失礼するわ」と言っていた。

足早に海岸沿いの通りに向かい、振り返らずに歩いた。涙がどうしても止められなくて、バスにもタクシーにも乗れなかった。すれ違う人が、困惑して泣き顔を見るので、足はどんどん早くなった。消えてしまいたかった。泣きながらどんどん歩いて、気がつくと山道になっていた。知らない場所で迷子になった。

暗くなったし、疲れていたし、座れそうな石に腰掛けたら、意識が飛んでしまった。気が付いたら明るくなっていて、携帯を見たら、午前9時、さらに圏外だった。電源も残り20パーセントだ。引き返そうにも方向も分からない、せめてアンテナが立つ場所まで歩こうと、また歩き出した。水が欲しくても、どうにもならなかった。歩くしか方法がなかった 道も見当たらない、そして力尽きてしまいました。

木の根元に赤いワンピースが横たわっていた。徐々に地図が広がる、彼女の徒歩距離は100キロ近くもあった。


バカヤロウ! 私は声を出してしまった。神社前で、まだトコトコ歩いていたのが 無性に気に入らないのだ。


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