Re:便利屋花業 ⒊サクラの仕事、其の一 恋愛小説
ヒールは痛いし、ドレスは寒い。
所長のねじ込み案件に関わると、ロクな目に遭わない。
レンタル代ふっかけてやる、とまどかがブツブツ言っていると、目の前に影が落ちた。
「誰かと思った。化けましたね、まどかさん」
「そっちは変わらないな」
理系の秋葉がちょっといいスーツを身にまとうと、まんま大学院生だ。
何かの学会で論文でも発表しそうな佇まい。
「逆の意味にとっておきます」
なぜにほほえんでいるのか。感じワル。
「で?」
打ち合わせもせず、ボケッと突っ立っているので、イラッとして促した。
秋葉は我に返ったようにまばたきする。
「あー、まどかさんは新婦の大学時代の友人で、オレは職場の後輩設定です」
釣り合う合わないとか、見栄とか、大変だな。
新婦の情報を、一応頭に叩き込んでおく。
***
所定の席について、まどかは頭が真っ白になった。
なんの因果であいつがいるのか。
横目でもういちど確認して、すぐに視線を戻す。
指先がふるえて、額に脂汗がにじんできた。
新婦の友人という役柄と蜂谷まどかの食いちがいを、いぶかられるのは避けたい。
頭ではわかっているのに、二度と顔も見たくない相手と至近距離になって、パニックに陥る。
聞こえてきたザラザラした声をきっかけに、地獄のようなパワハラ言動が頭の中を駆けめぐる。
IT業界大手の新入社員が自殺したことがあったが、あのときはシンクロしてどうにかなりそうだった。
家に帰る暇もなく会社に住むくらいなら、いっそのこと楽になりたいと。
「ピアス素敵ですね」
左隣から声がして、まどかは焦点を合わせる。
たしか新婦はジュエリー業界の人間だ。
似合っていると言われても、詳しくないのでまったく話がふくらまない。
幸いテーブルが広くて、元上司と直接話すことは免れた。
それどころか、目も合わない。覚えていないのかもしれない。
***
「ヤケ酒つきあって」
返事がないので、じーっと見つめる。
「先輩の酒が飲めないのか、ですね。ド定番の絡みかただな」
秋葉と合流すると目もとが赤いことがバレて、サクラが酔ってどうする、とツッコまれた。
いつ気づかれるかとビクビクし、吐き気をワインで抑え込むことの、どこが悪い。
「どっか入りますか」
「家」
「は?」
帰りの足を考えるのが面倒だから、と至極まっとうなことを言っているのに、後輩の反応は鈍い。
人の話が耳に入っていないらしい。
「マジで狙われてますよ。まだあっちで様子うかがってるし」
隣の営業男のことか。ナイナイ~とまどかは笑いとばす。
「あれは単なる同窓会ノリ」
「そんなんじゃないのは、わかります。男なんで」
よくわからないが深刻なトーンだったので、反論は引っ込めた。
(つづく)
▷次回、第4話「まどかの絡み酒」の巻。
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