フマジメ早朝会議 ㉙会議ふたたび 連載恋愛小説
「残り物には福がある」という伝言とともに、事務用の茶封筒を渡された。
「朝香さんに見つくろってもらった」と数仁。
中に入っていたのは、見覚えのある紙たち。
恭可が意地を張ってもらいそこねた、例の「福袋ペーパー」である。
朝香に熱烈ちゅーをしたくなったが、やむを得ず手近な人で済ませた。
***
ピカピカの万年筆の感触を楽しんでいた恭可は、ふと我に返る。
「え…ちょっとまって。しずくちゃんを作った…数さんが?」
24歳だったという。
「は?天才でしょ。え、レジェンド?」
なんでやめたのかと、半ギレになる恭可。
「やめたわけじゃなくて、主戦場を変えただけ」
デザイン会社に勤めていたころ、数仁は幅広く手がけていた。
椅子から空気清浄機、はては車の内装まで。
今は分野を絞り、メーカーの専属インハウスデザイナーという肩書き。
駆け出しのころの情熱を思い出し、好きだった文具業界に軸足を移すと決意した。
恭可はといえば、ちらほらと絵の仕事が増えてきた。
アニメ監督を目指すだけあって、広大の友人・安藤が若手登竜門の短編アニメコンテストで入賞。
口約束ではなく、恭可もイラスト原案で参加していた作品だ。
おこぼれで問い合わせが入ったというわけ。
***
新旧文具会社がしのぎを削る、群雄割拠の乱世。
そのまっただなかに飛びこむなんて、生きざまが男前すぎる。
「毎日苦しいけど、楽しいよ」
試行錯誤をいとわない姿勢こそ、ものづくりの真髄。
それを地でいく人が、今目の前にいる。
本日最大級の衝撃が脳みそを揺さぶり、恭可はふらついた。
「あのー自立したいい女じゃないけど、いいのでしょうか?」
「ん?なにそれ」
ハイ、きた。言ったことを本人は忘れているパターン。
まあ、無理やり言わせたんだから当然か。
「恭可は俺の一挙手一投足、監視したいと思う?」
「え…なんのために?」
そういうとこだと言われても、首をひねるばかり。
***
数仁は小難しそうに考えるそぶりをする。
「今から早朝会議でもする?」
恋愛などに興味はないという顔をしておきながら、ふたりだけの秘密の合言葉を彼はささやく。
はたして運気は上向いたのだろうか。
そもそも運が悪いというのは、思い込みだったのか。
どっちでもいいやと、恭可は笑ってうなずいた。
「業務に支障が出るから、朝はだめ」
「うなずいておいて、NOですか」
この前の仕返しである。
「朝は、って?」
恭可は知らんぷりをしてやった。
(つづく)
▷最終話「境界線」の巻。
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