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おべんと攻防 ⒈ニセモノ 連載恋愛小説 全14話 目次 完結済み リンク有

人気ブロガーのウソが、バレた。
西島帆南は、「夕波」名義でブログを書いている。
「おべんと日記」というありふれたタイトルで、日々の食事をアップしていく、これまたありふれた内容。
ばーちゃん仕込みの激シブメニューと、時短手抜きレシピのバランスがいいと、とくにお弁当記事は評判がいい。

問題なのは、最初に主婦だと名乗ってしまったこと。
匿名で活動するんだし、ちょっとくらい虚構をまじえてもいっかー、という軽い気持ちだった。
ちいさなウソがきっかけで、こんな事態になろうとは。
世の中なにが起こるかわからないもんである。

***

スーパーの惣菜部では、午後2時に昼休憩をとる。
お昼と夕方のラッシュに備えて、午前11時と午後4時に調理場がシュラバと化すためだ。
「お?ぶりの照り焼きー?さすがほなみん、シブイわあ」
「お安くなってたので」

先輩従業員、御厨みくりやみどりは、帆南の肩をバシバシはたく。
堅実だ、ヨメにほしい、と絶賛されるが、ニセ主婦の耳は少々痛い。2、3人ずつ順にお昼を食べるので、自然とメンツは決まってくる。
みどりとのまったりランチタイムに、招かれざる客がやってきた。

短く刈り込まれた髪、つま先まで清潔感あふれるスーツ姿。
人のよさそうな、くしゃっとした笑顔は、企画部というより営業向きだ。
「ごぶさたしています。みどりさん」
「ちょっとちょっとー。ひさしぶりすぎるんだけど?」

もっと頻繁に顔を見せろ、と小言を食らっているのは、久世くぜ真澄。
帆南より3年おくれて入社した男だ。
さりげなく下の名前を呼び、惣菜部の主の心をガッチリつかんではなさない。
上昇志向なのか部門横断型の企画を上げては却下されまくりの、メンタル強め男子である。

「ちょっと小腹すいたんで、もらっていいですか」
正午すぎにビジネスランチを食べたと言いつつ、みどりの弁当からたまごやきを強奪している。
わんぱくだなあ、とみどりはデレデレだ。
久世は立て続けにからあげと春巻きも巻き上げ、彼女の取り分はもうないに等しい。

肉食で揚げ物好きのみどりとは対照的に、帆南の曲げわっぱに鎮座しているのは、筑前煮とほうれん草のおひたし。
「栄養が偏るから、ほなみちゃんからも、なんかもらいな」
春巻きをそしゃくしながら、久世はちらりと帆南を見る。
「ゆうべ食ったんで、いいです」
どゆこと?とみどりが首をかしげ、帆南は動揺を隠すためにうつむいた。

***

思えば、ヤツに脅されたのもここだった。
薄暗い第2倉庫で、帆南は抗議する。
「誤解を招く言動、やめてくれる?」
なんのことやら、と久世は眉を少し上げるだけ。

「食ったのは事実ですよ?」
「筑前煮はゆうべじゃなくて、昨日のおべんと」
「残り物を使いまわすのも、主婦たるゆえん…すか?」
そう言って、後輩は意地の悪い目になる。
なんでよりによって、こんな二重人格オトコに見破られてしまったのか。

夕波のブログは、もうすぐ5周年。
我ながらよく続いたもんだと、しみじみ思う。
このごろは、自社商品を使ってほしいと食品会社からコンタクトをとられたり、レシピ依頼が来たりしている。
広告収入もあるし、月によっては本業より稼げるときもあるくらいだ。
会社が副業を禁止していなければ、コソコソする必要もなかったのに。

「それと。こんにゃく残すのも、やめて」
それはムリっす、と久世真澄は子供じみたかたくなさを見せるのだった。


(つづく)
▷次回、第2話「帆南、戦略を練る」の巻。


いつきさんの素材を使用させていただきました♡

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