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フマジメ早朝会議 ⒗Lost and Found 連載恋愛小説

手帳以外にも、恭可には宝物がある。
高校卒業記念にもらった万年筆だ。

木目の美しいなめらかなボディに、ペン先とクリップは銀色のアルミニウム製。ウォールナットという樹種らしい。
洗練された、あたたかみのあるデザイン。
高級筆記具に縁のなかった恭可を、ひとめぼれさせた逸品。

とくに気に入ったのがペン先の表面。
格調高きロゴとともに、繊細なしずく模様が彫り込まれているのだ。

インクの一滴のようでもあり、涙の粒にもみえ。
そのペンの名が「ティアドロップ」と知って、恭可は大げさでなく崇拝したくなってしまったのだった。
涙のしずくは「癒やし」「希望」を意味すると、箱に同封されていたカードに書いてあった。

のちに知ったのは、ウォールナット=胡桃の木ということ。
くるみはリスの大好物である。
もう出会うべくして出会ったとしか思えない。
木製なので使うほどになじみ、色が深く変化していく。
幼なじみのように、大切な相棒だった…

***

泣きじゃくって話にならない恭可をもてあまし、数仁かずひさはとりあえず店から連れ出した。
常連の紳士が気難しそうな視線を投げてよこす。
「ない。どこさがしてもない!」
「イラストは、デジタルに変えたんじゃなかったっけ?」
冷静に事実を述べ、恭可の涙に燃料を投下する数仁。

「毎日手帳におえかきしてたの!あれがないと、やってけない…」
お守りだったと説明すると、彼は妙な表情になる。
どうせ、変人だと思っているのだろう。
どう思われようが、しずくちゃんは大事な存在なのだ。
「…名前つけてんだ。ペンに?」
「笑うな」
車に愛称をつける人間だっているし、普通のことだ。

***

ガジェットにくわしいKazのアドバイスで、恭可は清水の舞台から飛び降り、高額な液晶タブレットを買っていた。
来店ノートで言葉をかわすだけの、顔も本名も知らない相手。
そんな人に信頼を寄せるというあやうい決断ではあったが、それは大正解。

デジタルで絵を描く作業が思いのほか楽しく、没頭していた。
画面とペンなのに、紙と鉛筆で描くのとさほど変わらない。
むしろ、それ以上に快適なくらいなのだ。

専用のソフトを使えば、水彩風やアニメ風など、彩色もお手の物。
修正しても刻一刻と保存されていくので、仕事にも便利。
データ納品がデフォルトの業界では、必須アイテムである。
寝食を忘れるほど、恭可は液タブに夢中になった。

浮気相手にうつつを抜かしてしまったようなものである。
そのせいで、しずくちゃんはヘソを曲げてしまったのかも。
かまってほしくて、隠れてしまったのだ。

***

そのときほど、自分のだらしなさをのろった日はない。
日頃から整理整頓して持ち物を把握していれば、こんなことにはならなかったはず。
家に置いてきたのか落としたのかすら、不明。
命よりも大事な万年筆をどこかにやるなんてと、恭可は死にたくなった。

(つづく)
▷次回、第17話「うっかりする恭可」の巻。


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