ワーキングプア、無縁社会、孤独死、引きこもり、自殺者年間3万人超。世界はとてつもなく残酷だ。しかし「やればできる」という自己啓発では、この残酷な世界を生き延びることはできない……！

いま話題沸騰の『バカと無知』や、ベストセラー『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』などで知られる橘玲さん。そんな橘さんの原点ともいえる代表作が、『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』です。この残酷な世界で、幸福を手に入れる方法とは？　ぜひ本書で確かめてみてください。

＊　　＊　　＊

一度も会ったことがなかった双子たち

生まれてすぐに里子に出された一卵性双生児が三九年ぶりに再会した。一九七九年のアメリカ、オハイオ州での出来事だ。養親はルイス家とシュプリンガー家で、偶然、二人とも同じジェイムズ（ジム）という名前をつけられた。

それまでいちども会ったことがなかったのに、ジム・ルイスとジム・シュプリンガーのあいだにはさまざまな類似点があった。
 
二人ともやや高血圧気味で、半日もつづくひどい片頭痛に悩まされていた。学校の成績はそれほどよくなく、一人は高校一年で中退、もう一人も落第すれすれの成績を取りつづけていた。
 
しかし類似点は、それだけではなかった。
 
この再会を報じた地元紙によれば、二人とも車はシボレーを運転し、ヘビースモーカーで銘柄はセーラム。改造カーレースが好きで野球は嫌い。

そればかりか二人とも離婚歴があり、最初の妻の名はどちらもリンダで、二番目の妻はどちらもベティ、一方は長男をジェイムズ・アラン（Alan）、他方はジェイムズ・アラン（Allan）と名づけた。さらに飼い犬の名前はどちらもトイだった。
 
もちろんこの話はできすぎで、眉つばなところもある。ひねくれた見方をすれば、二人は子ども時代からこっそり連絡を取り合っていて、新聞記者を騙して世間を驚かせようと企んだのかもしれない。犯罪調査のように証言の裏づけを取るわけにはいかないから、真偽のほどは誰にもわからないのだ。
 
しかし二人のジム以外にも、同じような不思議な話がいくつも出てきた。

たとえば三十八歳のときにはじめて再会したイギリスの一卵性双生児（女性）は、二人とも指に七つの指輪をはめて、もう片方に複数のブレスレットをし、息子をアンドリュー・リチャードとリチャード・アンドリュー、娘をキャサリン・ルイーズとカレン・ルイーズと名づけていた。

環境より遺伝の影響のほうが大きい？

ユダヤ人の父親とドイツ人の母親のあいだに生まれた一卵性双生児のオスカーとジャックの例はさらに衝撃的だ。

オスカーはドイツの祖母に引き取られ、ヒトラーユーゲント（ナチスの青少年組織）で育てられた。ジャックはユダヤ系の父親の元に残り、イスラエルのキブツにいたこともあった。
 
これほど生育環境が違うのに、二人が空港で再会したときはどちらも口ひげをはやし、メタルフレームの眼鏡をかけ、両肩に肩章のついたアーミー風のスポーツシャツを着ていた。さらに二人ともトイレを使う前に必ず水を流し、輪ゴムを腕にはめる癖があり、雑誌をうしろから読んだ。
 
こうした奇妙なエピソードの数々は、身長や体重のような身体的な特徴だけでなく、知能や性格などの「こころ」も遺伝することを強く示唆している。
 
一卵性双生児は受精卵が偶然に二つに分かれたのだから、二人の子どもは完全に同じ遺伝子を持っている。そして世界のどの地域でも、同じ子どもは二人いらないという理由から、しばしば別々に育てられた。

同じ遺伝子を持ちながら異なる環境で育った彼らは、遺伝と環境が知能や性格にどのような影響を及ぼすのかを知る格好の研究対象だ。
 
さらに双子のなかには、ふたつの独立した受精卵から生まれた二卵性双生児もいる。彼らは兄弟・姉妹と同じく五〇パーセントの遺伝子を共有しているだけだが、母親の子宮も含めまったく同じ環境で育ってきた。

そこで一卵性双生児と二卵性双生児を比較することでも、遺伝と環境の影響を客観的に計測できる。
 
こうした研究によれば、身長や体重のような身体的特徴の類似性は一卵性が二卵性を大きく上回っており、遺伝の影響がはっきりわかる。知能や学業成績のような認知能力に関しても、環境より遺伝の影響の方がずっと大きい。

しかしもっとも顕著なのはこころの病で、統合失調症や躁うつ病の遺伝率は七〇～八〇パーセントとされている。
 
行動遺伝学のさまざまな研究成果から、現在では、身体的特徴だけでなく知能や能力、性格なども遺伝することがわかってきた。それも遺伝の影響は、ぼくたちが考えるよりはるかに大きいのだ。

◇　　◇　　◇

連載はこちら↓
残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

紙書籍はこちらから

電子書籍はこちらから