見出し画像

かつてヒトは肉食獣の餌だった…ネガティブな感情には理由がある #3 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

ワーキングプア、無縁社会、孤独死、引きこもり、自殺者年間3万人超。世界はとてつもなく残酷だ。しかし「やればできる」という自己啓発では、この残酷な世界を生き延びることはできない……!

いま話題沸騰の『バカと無知』や、ベストセラー『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』などで知られる橘玲さん。そんな橘さんの原点ともいえる代表作が、『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』です。この残酷な世界で、幸福を手に入れる方法とは? ぜひ本書で確かめてみてください。

*  *  *

不安は「現代社会の病理」ではない


ヒトの基本的な感情には怒り、恐怖、嫌悪、驚き、喜び、悲しみなどがあって、ぼくたちはひとそろいの感情セットを親から受け継いで生まれてくる。

ところが困ったことに、このリストにはネガティブな感情がずらりと並んでいる。ヒトは恐怖に怯え、嫌悪に顔をしかめ、怒りに震え、悲しみにうちひしがれて、ときにわずかな喜びを感じるだけなのだ。
 
もちろん、一見理不尽な「こころの設計図」にはちゃんと理由がある。
 
アフリカのサバンナでガゼルの群れを観察していると、彼らが草を食みながら、いつも不安そうに周囲を見回していることに気づくだろう。ライオンなどの肉食獣を警戒しているのだ。
 
ヒトの祖先も進化のほとんどの期間を、ガゼルと同じように肉食獣に怯えながら暮らしてきた。火と武器を手にしてけだものたちを追い払ったのは、つい五〇万年前のことなのだ。
 
自然は善良だと信じ、あたたかな陽光を浴びて幸福な気分で草を食むガゼルは、たちまちライオンや豹の餌食になってしまう。生き残るのは、いつも不安に怯えてあたりをうかがう神経症的なガゼルだけだ。
 
同様に、ほとんどの霊長類は樹上の果実を食べて生きていて、私たちの祖先は肉食獣の格好のエサだった。だからこそ不安は、ひとのこころの奥深くに宿痾のように巣食っている
 
核戦争や環境破壊や日本国破産などぼくたちはいつも未来の災厄に怯えているが、それは「現代社会の病理」などではなく、何億年もの進化の過程で最適化されたこころの必然なのだ(ドナ・ハート、ロバート・W・サスマン『ヒトは食べられて進化した』化学同人)。
 
ところで、どんな動物でも感情の強弱にはばらつきがある
 
重度の不安神経症を患うガゼルは、肉食獣からは逃れられるかもしれないが、エサを食べられずに餓死してしまうだろう。それに対してあまり不安を感じないガゼルは、捕食されるリスクは負うものの、旺盛な食欲で仲間よりも早く成長し、より多くの子孫を残すことができるかもしれない。

どちらの戦略が正しいかは、その地域の肉食獣の密度に依存する。だからこそ自然は、不安の度合いが異なるさまざまなガゼルをつくり出すことによって、いかなる状況にも適応できるようにしてきたのだ。

怒りは社会的動物に特有のもの


ヒトの感情のうち、恐怖や嫌悪は生得的なものだ。ヒトもサルも、赤ん坊のときからヘビに強い恐怖を感じる。

これは後天的に学習したものではなく、毒ヘビを避けるために遺伝子に埋め込まれたプログラムだ。ぼくたちが腐った食物をマズいと感じて嫌悪するのは、それが病気をひき起こすことを遺伝子が「知って」いるからだ。
 
それに対して怒りや悲しみは集団内部の関係から生じる感情で、チンパンジーやヒトなど社会的な動物に特有のものだ。もちろんこれにも個人差があって、すぐに怒り出すひともいれば、めったに怒らないひともいる。
 
怒りっぽいひとは集団のなかで一目置かれるだろうが、みんなからは好かれない。怒らないひとは人気者になれるかもしれないが、よってたかっていいように扱われる。

怒りの感情が有益か害悪かは状況によって決まり、どのような性格が集団内での地位を高めるかは時代や地域によって大きく異なるだろう。
 
怒りや喜びや悲しみはすべてのヒトに共通の感情だが、その程度は個人によって異なり、その結果、所属する集団に馴染めるひとと適応できないひとが出てくる。
 
心理学博士でジャーナリストのダニエル・ゴールマンは、日本でも話題になった『EQ こころの知能指数』(講談社+α文庫)で、家庭や会社での人間関係にかかわる能力はIQとはまったく異なるもので、IQが高くてもEQが低ければ幸福な人生は送れないと述べた。
 
EQは、ガードナーの多重知能では対人的知能や内省的知能に相当し、最近では「社会脳」や「社会的知性」と呼ばれている。
 
ヒトの性格はEQ――感情や気質のちがい――によって決定づけられる。こころの知能指数は人間関係の巧拙をつかさどり、どのような性格に生まれたかは、社会的な動物であるぼくたちの人生にとてつもなく大きな影響を与える

◇  ◇  ◇

連載はこちら↓
残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法


紙書籍はこちらから

電子書籍はこちらから

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!