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文章の書き方は本多勝一『日本語の作文技術』に学んだ #2 探究する精神

世界的に活躍する物理学者で、 カリフォルニア工科大学・理論物理学研究所所長の大栗博司さん。『探究する精神――職業としての基礎科学』は、少年時代の本との出会いから、武者修行の日々、若手研究者の育成にも尽力する現在まで、自身の半生を振り返りながら、研究の喜びや基礎科学の意義について論じた一冊。学問を志すあなたへ、そして生涯、学びつづけたいあなたへ、一部を抜粋してお贈りします。

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私はこうして文章力を身につけた

リベラルアーツ七科目の中でも、説得力のある言葉で語るために必要な文法や修辞などの作文術は理系の人が苦手とする分野かもしれません。しかし、本書第三部の「言葉の力を徹底的に鍛える米国の教育」でお話しするように、言葉の技術は理系にとっても重要です。

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文章技術を学んだ本としては、本多勝一の『日本語の作文技術』を筆頭に挙げます。理系の文章読本では、清水幾太郎の『論文の書き方』や木下是雄の『理科系の作文技術』が定番とされているので、私も読んでみました。しかし本多の本の方が実際には役に立ちました。

たとえば、清水幾太郎の「あるがままに書くことはやめよう」という主張は、文章読本の元祖とも言える谷崎潤一郎の『文章讀本』へのアンチテーゼとして、出版された当時には画期的な視点だったと聞いています。しかし私が読んだ頃にはもはや当たり前のこととなっていて、「今さら言われなくても」と思いました。

本多の本では「修飾の順序」、「句読点の使い方」、「助詞の使い分け」、「どこで段落を切るべきか」などの基本技術が端的に説明されています。また、文章のスタイルについて書かれた後半では様々な文章が批判的に論評されており、そちらも参考になりました。

英語の文章についてはThe Elements of Style(文体原論)が座右の書です。そこには、英語表現の原則が「能動態で書け」、「肯定文で書け」、「明確で具体的な表現を使え」、「責任逃れの文を書くな」などと厳しい調子で明快に示されています。

責任逃れの文とは、日本語なら「……ではないでしょうか」といった曖昧な形で終わる文です。断定をしない表現には責任を負う覚悟がありません。

自分の言葉に責任を持つ

これと似た心得として、小説家マーク・トウェインの「形容詞を見たら殺せ」や小説家スティーブン・キングの「地獄への道には副詞が敷き詰められている」という過激な言葉もあります。

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「美しい絵」とか「おいしい食事」などと形容詞に頼った描写は安易です。「とても」とか「実に」という副詞は無駄に使われることが多い。説得力のある伝え方をしたければ簡明に具体的に表現する方法を考えよと、トウェインやキングは言っているのです。

人とのコミュニケーションで重要なのは自分の言葉に責任を持つということです。後ほど登場する理論物理学者のフリーマン・ダイソンも「曖昧なことを言うぐらいなら、間違ったことを言う方がましだ」と言っています。

人前で話す時もボソボソと聞き取りにくい声では説得力がありません。私はよく家族から「声が大きい」と言われます。そのたびに「自分の言葉に責任を持つためには、はっきり発声しなければいけないのだ」と言い訳して呆れられています。

ただし、いつでも大声を出せばいいというものではありません。先日も、東大の柏キャンパスにあるカブリ数物連携宇宙研究機構から都内に向かう通勤電車の中で外国人研究者と物理の議論をしていたら、隣の乗客に「もう少し静かに話してください」と注意されてしまいました。

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探究する精神 職業としての基礎科学

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