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「平等」も「格差」もヒトの遺伝子に刻印されている #4 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

ワーキングプア、無縁社会、孤独死、引きこもり、自殺者年間3万人超。世界はとてつもなく残酷だ。しかし「やればできる」という自己啓発では、この残酷な世界を生き延びることはできない……!

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チンパンジーも「平等」にこだわる


二頭のチンパンジーを、真ん中をガラス窓で仕切った部屋に入れ、片方にキュウリを与えるとすごくおいしそうに食べる。ところがもう一方のチンパンジーにバナナが与えられると、いきなり怒り出して、手にしていたキュウリを壁に投げつける。さっきまであんなにうれしそうだったのに。

霊長類学者のフランス・ドゥ・ヴァールは、こうした観察結果からきわめて重要な発見をした。平等はチンパンジーにとって、けっして譲ることのできない「基本的猿権」なのだ。
 
ぼくたち人間も、「平等」に強いこだわりをもっている。

人種差別でたくさんの血が流れるのも、バックパッカーがぼったくられたことに延々と文句をいうのも、同じ人間として平等に扱われていないと感じるからだ(もっとも先進国のバックパッカーは、自分たちが特権階級に生まれたという不平等を意図的に失念している)。
 
でも平等が遺伝子に刻み込まれた生得的な価値観なら、なぜ世の中は格差社会になるのだろう。それは、「格差」もまたぼくたちの遺伝子に刻印されているからだ。
 
初対面の二頭のチンパンジーを四角いテーブルに座らせ、どちらにも手が届くところにリンゴを置くと、互いに取り合う。負けがつづくと威嚇の表情を見せるが、喧嘩にはならない。互いに先取者に所有権があることを認めているからだ。
 
ところが同じことを何度も繰り返すうちに、どちらか一方がリンゴに手を出さなくなる。からだの大きさなどさまざまな特徴から二頭の間で自然に序列が生まれ、いちど階層が決まると、下位のチンパンジーは上位者にエサを譲るようになる(藤井直敬『つながる脳』新潮文庫)。

自由と服従に引き裂かれている私たち


保育所や幼稚園でも、子どもたちを集団で遊ばせるとごく自然に階層が生まれ、リーダーが決まる(とくに男の子の場合、この傾向は明瞭だ)。サルやヒトには、相手と自分の関係を測り、無意識のうちに支配したり従ったりする強力なちからが働いている。

人間の耳には、五〇〇ヘルツより低い周波数は意味のない雑音(ハミング音)としか聴こえない。ところがぼくたちが会話をすると、最初はハミング音の高さがひとによってまちまちだが、そのうち全員が同じ高さにそろう。ひとは無意識のうちに、支配する側にハミング音を合わせるのだ。

声の周波数分析は、アメリカ大統領選挙のテレビ討論でも行なわれている。一九六〇年から二〇〇〇年までの大統領選挙では、有権者は一貫してハミング音を変えなかった(すなわち相手を支配した)候補者を常に選んできた

わざわざ選挙などやらなくても、討論のハミング音を計測するだけでどちらが勝つかはわかってしまうのだ(ドゥ・ヴァール『あなたのなかのサル』)。
 
二〇〇〇年の大統領選では、ジョージ・W・ブッシュは対立候補のアル・ゴアにハミング音を同調させた(支配された)にもかかわらず当選を果たしている

だがこの年はまれにみる激戦で、得票数ではゴアの方が多かった(米国の大統領選では、総得票数ではなく州単位で獲得した選挙人の数で勝敗が決まる)。
 
一見対等のように見えても、ぼくたちは無意識のうちに支配と被支配の関係をつくりだす。それは、ヒエラルキーのなかでしか生きられない社会的動物の宿命みたいなものだ。
 
もちろんサルもヒトも上位者に唯々諾々と従っているのではなく、チャンスがあれば相手を出し抜こうと虎視眈々と狙っている。でもその一方で、社会のルールを破って共同体から放逐されれば確実な死が待っている。ぼくたちの一生は、自由と服従に引き裂かれているのだ。

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残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法


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