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【読書日記】ジョニー・シーガー著『女性の世界地図』

ジョニー・シーガー著,中澤高志・大城直樹・荒又美陽・中川秀一・三浦尚子訳(2020):『女性の世界地図――女たちの経験・現在地・これから』明石書店,212p.,3,200円.
 
この本の話題になった時,訳者の一人である荒又さんから「読みますか?読むのであれば差し上げます。」と言われ,この本の編集担当者が,荒又さんと私も翻訳に関わった本と同じ人だったので,後日その方から送られてきた。もう3年が経過してしまったが,ようやく読みました。
というのも,現在非常勤先の授業で,原書房の『地図で見る日本ハンドブック』という本を使っているのだが,そろそろ違うネタにしたいなと思っていたところ。原書房のハンドブックシリーズは魅力的なものがいろいろあって,それらにしてもいいんだけど,本書を使うのもいいかなと思いいただいた次第。そして,数年経って,そろそろかなと思い,読み始めた。非常勤での講義は2001年度から始めたので,もう23年目になるのだが,当初は教養の授業にもかかわらずかなり難解な話をしていた。それでも,当時の学生には骨のある人も多く,ついてこれる人も多かったので続けていたのだが,近年になるにつれて反応が悪くなり,もっと基礎的な話をするようになった。しかし,そういう基礎的なものを避けてきた私自身が学ぶことはとても多かったので,そういう授業も今は大切だと思っている。ともかく,地理学の授業ではやっぱりデータに基づく地図を用いることが有効だと感じている。なので,原書房の「地図で見る」シリーズは魅力的だし,本書のようなアトラスも魅力的。地図にこだわらなくてもやはりカラーの図版が多い書籍は教科書として活用すべきだと思うようになった。
世界の女性たち
女は女の場所に置いておく
出産にまつわる権利
身体のポリティクス
健康・衛生
教育とつながり
財産と貧困
権力
出典
索引
本書はかなり特徴的な本である。図版の多い本でも,本文の記述を補足するために図版を用いるということが多いが,本書はそうではない。統計データに基づく図版に語らせようとするもので,文字による記述は最低限にとどめている。「はじめに」は3ページ,上で示した目次のタイトルページには1ページの文字だけによるページもあるが,フォントの大きさを変えた他書からの引用も含め,何かを論理的に説明するような文章ではなく,断片的な文章の組み合わせになっている。著者による論理的な説明で読者を説き伏せるような,ある意味男性的な方法ではなく,多様な事実や意見の断片をなるべく多く提示することで,読者に思考を促すような本だといえる。
前半では,女性差別,ジェンダー・ギャップ指数,同性愛,婚姻,離婚などニュースでも取り上げられる,女性と関連の深い事象の地図が提示されるが,ここで興味深いのが「児童婚」。本書は単に女性の置かれた状況を示すだけではなく,やはり世界全体の格差の問題を考えさせるものになっていて,その格差が女性に過度にのしかかるということを読者に伝えている。児童婚とは要は親の選択によって幼くして結婚させられるという風習とその法制度が遺されている地域の存在が明示される。続いて世帯規模,貧困,難民と続くが,次に転じて女性の活躍に光が充てられる。平和に貢献しようとする女性,フェミニズム,#MeToo運動。とはいえ,「女は女の場所に置いておく」というタイトルに特徴的なように,イスラーム社会に代表されるように,女性に対する法も含む行動制限がいまだに多くの地域で残されている。そのために,DVが横行し,女性シェルターが開設される。なんと,レイプを犯罪にしないために,レイプ犯と結婚される法律を有する国もあるという。レイプにもさまざまな種類があり,戦時中,婚姻関係にある相手から,そのまま殺害されてしまうなど。なお,「殺害される女性」という項目には日本についても記載されていて,「平均して女性は3日に1度親しいパートナーに殺されている。」(p.55)とある。アフリカ,中東の「ミソジニー集団」。本書に掲載されているのは必ずしも量的な数値データによって図化されるものだけでなく,質的な情報も示されている。続いて,近年はリプロダクティブ・ヘルス・ライツという言葉もよく見かけるようになったが,「出産にまつわる権利」と題し,出産,避妊,家族計画,出滓による子どもと妊婦の死亡,中絶。ここで興味深いのは「男児選好」である。出生児のデータを見ると,男女比が男子に偏っている国がある。それはさまざまな理由をつけて生まれくる女児を制限しているということだ。それは中国とインドで顕著で,アジアからアフリカにかけての地域に存在する。
「身体のポリティクス」ではオリンピックの話題もある。続いてミスコンテスト,化粧品をめぐる美ビジネスから女性器切除の問題まで。性犯罪からセックス・ツーリズム,性的人身売買,ポルノ。インターネットが主流になったポルノ産業だが,どのようなものを好むかを示す検索ワードの中に「日本人」が多く含まれることは興味深い。「健康・衛生」では,乳がん,HIV,結核,マラリア,と決して女性特有なものに限定されず,むしろ男性特有なものがある場合にそれを示していることもある。衛生という分野では,水,トイレ,公害,有害物質,大気,汚染された魚,など。
ちょうど中ごろに「仕事」の項目があり,われわれに身近な男女格差のテーマが位置付けられている。労働力としての女性割合,収入,職種,女性経営者,産休・育休,失業,パートタイム,無償労働(家事・育児),そしてまた児童労働のデータが示される。アフリカに特徴的な水の運搬という労働,農業労働,移民ではフィリピンに特徴的なケア労働,家庭内労働。続いて教育の問題。就学期間,学歴,高等教育,識字率,読み書き力。ちなみに,リテラシーという語はこれまで「読み書き能力」とよく訳されていたが,やはり「能力」というと教育による成果というより個人が生まれ持ったものという印象を与えかねないので,「読み書き力」と訳しているのかもしれない。コンピューター,インターネットへのアクセス,SNS利用,インターネット・ハラスメント,携帯電話所有。続いて「財産と貧困」。法的な財産権,農地保有,住宅保有,相続,貯蓄,貧困はいわゆる途上国だけでなく,ヨーロッパや米国のデータも示される。そして銀行口座の保有も重要。
最後に「権力」という項目で,選挙権の話から始まるが,続いて軍隊の話題に移るところが興味深い。世界各国ではやむなく女性隊員の割合を増やしているが,いずれそのことが軍隊という男性中心的な組織の論理を変更していくことになるのかもしれない。国政,内閣,クオータ制,そして最後のページはフェミニズムと女性の行進のデータ提示に充てられている。
こんなに詳しく内容を紹介するつもりはなかったが,女性の置かれた状況をデータで示すことができる情報というのはけっこうあるということに驚かされる。そして,巻末にはそのデータソースが丁寧に示されているところは,構成はかなりポップだが,本書はあくまでも学術書であることを認識できる。文章は多くないので,この分量でも5人で訳すとなるとそんなに大変ではないかなと思ってしまいがちだが,文字が少ない分,訳の表現にはさまざまな工夫があったとは想像できる。授業の教科書としてそのまま使うのは難しいかなというのが現時点での感想。これを授業のために使うには,自身の勉強がかなり必要だなと思う。いずれやってみたいとは思うが,その頃にはデータが古くなってしまうため,この種の本の利用方法は悩ましい。

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