ナイフさんの話

…細身なのにしなやかな筋肉が感じられるその歩き方!精悍な顔立ち!いつでも場の中心で明るい話題を、落ち着きのある声で奏でる!筋の通った立ち振る舞いからは驚かれるほど若く、ワインと筋トレが趣味で犬が好き(実家で飼っていたため)!でも、二人きりのときだけは少年のような笑顔を見せたりもする、私服はちょっとダサいけど、高収入のイケメン…。

人は彼を「ナイフさん」と呼ぶ。

なぜかというと、頭にナイフが刺さっているからです。…

ポジテレビ特別企画「誰も傷つけナイフ!」(2022年春)冒頭ナレーションより抜粋

………


…この1本のナイフは、Moga of Swedonで製造され、一般的に販売されているモーガナイフの、Mogakniv Companion Heavy Dutyというモデル(カーキ色)に酷似していますが、成分は似て非なるものです。ここでは便宜上モーガナイフと呼称していますが、詳しい成分は解析不能で、特にブレード部分は未知の金属で作られています。

ナイフのブレードは、頭頂部より垂直に約6センチほど刺さっており、どのような力を加えても、折れたり抜けたりしません。唯一、彼の意思でのみ抜くことが可能です。…

spp財団日本支部内資料spp-712-jp「ナイフは武器ではない」説明の項より抜粋

………


…彼の父は一代で財を成した、とある物流サービス会社の創業者でした。趣味は野営で、暇さえあればお気に入りのグルカナイフ1本と少しの装備で山に籠もり、ブッシュクラフト※を愉しんでいました。妻が産気付いた際も「生むのは女の仕事」と言い、山へ籠もっていたほどです。前時代的な考え方ですが、彼の父の上の世代では、おおよそ似たような考え方が一般的であった地方もまだ多くあったのは事実です。

※ブッシュクラフト…できるだけ自然にあるものだけで生活をする、アウトドア遊び

妻は、大変な時にそばにいない夫への憎しみ、恨みつらみ、キャンプの際に出る虫への罵倒等を吐き出しながら我が子を産み落としたところ、元気に泣く赤子の頭には垂直にナイフが刺さっていた、ということのようです。

産院は大慌て、母は子を見て気絶。しかし、大学病院等での様々な検査の結果、「ナイフが刺さってはいるが一般的な赤子となんら変わりなし。3201g(ナイフ含)、へその緒は頭のナイフで切除。」となったそうです。

(へその緒の下りは彼の鉄板であり「飲み屋と老人の受けが良い」とのことで、彼の軌跡を辿れば、彼を知るインタビュー者にはよく聞かされましたが、おそらく事実ではありません。)…

鯵揚沢貞國「ナイフの生涯」(2043年) p34〜35より抜粋


………


…ナイフさん、いや、ナイフくんが5歳の頃、彼の両親は離婚したそうです。「山に籠もれなくなるし、アレはフルタング※ではない」事を理由に、夫は親権を放棄。彼は母の手一つで育てられたとのこと。

ナイフのせいでからかわれ、やがて陰惨ないじめにあったり、「(触れて指などが)切れると危ない」という言葉が「癇癪を起こし頭のナイフを振り回す」意味として捉えられ避けられたりしたそうです。

「母から、お前は時たま姿を消し、傷だらけで帰って来ることがあり、問い詰めると『山でお父さんをさがしていた。』と言ったそうです。ぼく、社長が本当の父さんだったら、とか、考えちゃって…。」と、そんな話もナイフくんは恥ずかしそうに教えてくれました。

貧しく、母子家庭ではありましたが、ナイフくんは持ち前の根性で学業へ勤しみ、優秀な成績を収め、誰にでも平等に柔らかな態度で接することから、信頼も厚く友人も多かったと聞きます。奨学金制度を利用し大学へ進学、そして、運命的に我が㈱どんぐり拾い商事へ来てくれたのです。ナイフくんは、私の心の息子なのです。…

㈱どんぐり拾い商事社内報「どんぐりをグリっ!」2021年6月号 社長だより特別企画「我らがナイフくん〜ナイフと私の背比べ〜」より抜粋

※フルタング…ブレードがハンドルの中まで貫通しているナイフの種類。強度が高い。
※どんぐり拾い商事の楠木社長は2040年9月、不慮の事故によりこの世を去りました。慎んでご冥福をお祈りします。


………


…ホント誰にでも優しくて、成績も良かった。教授たちからも評判は良いし。で、あの顔でしょ?モテてたよ。「将来は社長とか、政治とかやってみたい」とか「世界を変えたい」ってよく言ってて、バカにしてもあいつは笑ってたね。…付き合ってるコは頻繁に変わってたな。頭のナイフ以外は正直羨ましかったよ。…

週刊尹彪(ユンピョウ)2043年廃刊号 特集"ナイフ"の人生とは?〜その後〜 「大学の同期、親友だったHさんへのインタビュー」より抜粋


………


…ヤツが頭のナイフを抜いて、俺たちを助けてくれた時はみんな心底驚いてたよ。だって生まれて1度も抜けないし、抜こうとも思ってないって言ってたんだからさ。どんぐりに被せる帽子のことで殴り合いになったときなんて、おれの拳が刺さらないように、左手で刃を覆ってさ。それでも殴り負けたしな。コレ、そんときの傷ね(額の小さな凹みを指す)。

(中略)

…それで、武器持って、こっち全員を縛り上げて偉そうにやいのやいの言っているドケンども(どんぐりの権利を守る会)を全員、20人位※はいたかなぁ。ひとりでやっつけちゃって。ナイフで縄を切ったんだな。直美ちゃんが人質にとられても、すごい身のこなしで助けちゃって。ドケンども、銃も持ってるのもいたのに。あのナイフ1本でさ。そして、ひとりも殺してないんだ。すげぇよ。おれなんてただぼーっと見てただけでさ…ヤツがナイフを抜いた瞬間「あ、意外と錆びたりはしてないんだな。」とか思ってたよ。

(中略)

…でもヤツも満身創痍で、立てなくて。直美ちゃんが止血しながらありがとう、とか泣いてて。警察とか救急車とかをバタバタ呼んだり、他の女の子たちも泣いてるし、半分夢見てる気分だったな。そんな中で、たぶん直美ちゃん以外ではおれにしか聞こえてなかったと思うけど…そこでプロポーズだぞ?それでやっとわかったんだ。おれは全くヤツにかなわねぇなって。もうご祝儀、いくら包もうかなとか考えてたよ。…ほんと、どこ行っちゃったんだかな。…

※どんぐりの権利を守る会は襲撃時12名。記憶違いと思われる。
※鬼河原さんは不慮の事故により、2040年10月にこの世を去りました。慎んでご冥福をお祈りします。

週刊尹彪2041年Vol.12 特集"ナイフ"の人生とは? 「㈱どんぐり拾い商事 元・付加価値創造部長代理 鬼河原 吐彦さんのインタビュー」より抜粋
 
………


…そんなの忘れられるわけないでしょ?血まみれで、頭にはナイフが刺さって「無い」んだから。それで、

「ぼくのナイフの鞘になってくれませんか。」って。

一瞬えっセクハラ?とも思っちゃったけどね(笑)あぁ、あぁちがう。そっちじゃない(笑)そりゃもうよろこんで!って。だから死なないでって。ナイフ持った手に手を添えてね…あの頃が1番良かったと、今でも思いますよ。…

※直美さんは不慮の事故により、2040年12月にこの世を去りました。慎んでご冥福をお祈りします。

週刊尹彪2041年Vol.12 特集"ナイフ"の人生とは? 「元妻・直美イスカンダルさんインタビュー」より抜粋


………


…そして「自らの役目を理解」し、世を賑わせた様々な偏見から発生した差別を、頭から手に移した、象徴であるナイフ1本で(決して物理的には使いませんでした)解決し、弱者たちの英雄となった彼。2038年春、「自らを1本のナイフとし」、ついに政党を立ち上げ、この国を変えようとしていました。

しかし、ど権守会が彼の会社を襲ったのも、その他センセーショナルな事件と鮮やかな解決の数々も、裏で糸をひいていたのは、他でもない彼だった。とは、ここに書くことさえ辞めようかと思うほど有名な話です。

世界的とも言えるスキャンダルが発覚し、また時を同じくして最愛の母が亡くなった事も重なり、(それまで表沙汰になっていなかった邪悪な行為を鑑みれば当然と思えますが)様々な困難が生じた結果、彼は次第に歪んだ性格を露わにします。

そして、ナイフが抜けて久しい彼の頭には、新たなナイフが発生していました。…

(中略)

…直美さんへのDVも日に日にエスカレートし、彼の頭のナイフは呼応するようにその数を増していきました。やがて、彼を批判する多数の者に対し、その刃を向けるようになったことは、今も色褪せず思い出されます。

おそらく彼は、自らの人生に対し絶対的な自信を手に入れ、また「自分という正解以外は不正解である」と、本気で思い込んでいたのでしょう。これは、結果騙されていたとはいえ「彼が正しく、正義である」と過剰に祭り上げた周囲の「環境」も、多分に影響していたと考えられます。…

(中略)

…彼はこの頃から、人を救うはずのナイフで、「不正解」を傷つけるようになりました。これにより、彼を慕っていた人たちは次第に離れていきます。直美さんと離婚したのもこの頃です。

神奈川県警の目をすり抜け、欺き、2039年の冬、1本のナイフは、世間から完全に姿をくらましました。

鯵揚沢貞國「ナイフの生涯」(2043年) p282〜317より抜粋


………


…あいつから連絡が入って最期に会ったとき、あいつはもう、本当にボロボロだったよ。世間から消えたあと…色んな山に身を隠していたらしいんだけど…受け答えもほとんど支離滅裂で。ナイフも頭中に「生えて」いて。大きな…どんぐりみたいな帽子で隠していたけど、はみ出したナイフは錆びていて、もう俺の知っているあいつじゃないんだな、って思った。帽子になんか、血も付いてて、5月なのにダウンとか着てて…正直怖かった。狭い店で、二人で並んで…静かに飲んでたんだ。意味のある会話はなかったと思う。…もうあまり覚えてなくて…でも最後の一言だけは覚えてるんだ。

「やっぱりぼくは普通になれなかった」って。

えっと思ってあいつを見たら、もう、ナイフを抜いて、店を出るところだった。…あのときの言葉、たまに夢に見るんだ。あれは、ちゃんとあいつの声だったんだよ。…

週刊尹彪2043年廃刊号 特集"ナイフ"の人生とは?〜その後〜 「大学の同期、親友だったHさんへのインタビュー」より抜粋
 

………



…多数の死傷者を出しながら走り回っていた"ナイフ"は、繁華街の真ん中で、落としたであろうナイフ1本を残し、まるで煙のように消えてしまいました。裏社会から消されたと考える向きが多数ですが、真偽は不明です。

奇妙なのは、彼のものであると断定されたナイフの形状は、彼の頭から発生したナイフとは別の、古いグルカナイフと呼ばれるものだったことです。…

(中略)

…彼は本当に世の中を変えようと考えていたのでしょう。しかしその思想は、貧困、いじめ、父の不在、また、支援者など、彼を取り巻く「環境」に当てられ、一般的な正義とは酷くかけ離れたものになっていたのです。…

(中略)

…あなたの頭のナイフが、どこから来たどんなものなのかを考える力を持って欲しいと、切に願います。誰を傷つけ、誰の為になるのかを。

-完-

鯵揚沢貞國「ナイフの生涯」(2043年) p318〜465より抜粋


………

………

………


…一昨日、登山中の夫婦が、半白骨化した遺体を発見しました。

山形県■■市の■■■山で登山をしていた夫婦が誤って登山道を外れ、山中を彷徨っていたところ、突如現れた土地の中心に、半白骨化した遺体があるのを発見しました。夫婦2人はパニックを起こして山中を走り回り、偶然にも登山道に出られたことから急いで下山。地元警察へ通報したとのことです。

遺体の頭頂部には、ナイフが突き立てられており、警察は殺人事件と断定、捜査に乗り出しました。

遺体は持ち物から、■■■物流サービスの創業者、■■■■■さんであることが判明しました。■■■さんは普段から山でキャンプを楽しむなどしていましたが、半年前から行方がわからなくなっており、捜索願が出されていました。

遺体に残されたナイフは、モーガナイフと呼ばれるアウトドア用のもので、警察は■■■さんを刺した犯人のものである、として捜査を進めています。

また、■■■さんが愛用していたグルカナイフと呼ばれる、独特な曲線を持つナイフが見つかっておらず、警察では犯人が持ち去ったものとして、その行方を追っています。

お昼のニュースでした。

山形愛チャンネル 2041年5月10日"お昼のニュース"より抜粋



ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?