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2択を間違えた男


「えっ?みんな行くんやし、一緒に行こうや」

動揺を見せまいと、こう答えるのが精一杯であった。

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コロナ禍によって様々な事が制限され、この1年で会食する機会がめっきり減った。

40を越えて会食となったら、もう完全にただの飲み会だが、30の頃は「会食=合コン」だった。


男は男兄弟が1人、親戚8人中7人が男という汗くさい家に育ち、中学・高校と男子校で過ごした。

部活以外ではゲーセン通いの日々。グループ交際なるものに1度だけ行ったものの、ほぼ女性とは話せず遊園地のアトラクションへ現実逃避するなど、全く女性に縁のない思春期を過ごしていた。

当時スクールカーストなるものが存在していたなら、間違いなく3軍である。


大学に入って少し色気を出してテニスサークルに入ったものの、授業をサボっては友人と麻雀をしたり、月に向かって自転車を漕いだり、下鴨神社で缶蹴りをする日々。

1度だけ合コンに誘われて行ったが、「京大生って全然面白くないよね」というイメージをさらに強める残念な結果となった。

もし今も京大生がモテていないなら、その理由の何万分の一は男の責任かもしれない。


「京大生はモテないが、京大卒はモテる」

このような格言があるぐらい、当時の京都の女子大生からは見向きもされなかった。


自分の力不足を棚に上げて、この格言のせいにしていただけなのだが。



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男は大学院を修了後、東京にある半導体製造装置メーカーに就職した。

会社の同期は50人ほど居て、これまで過ごしてきた友人たちとは少し毛色が異なる、いわゆる1軍メンバーが居たり、もちろん女性も居た。

相変わらず女性とのコミュニケーションが上手く取れずにはいたが、さすがに表面を取り繕うぐらいは出来るようになっていた。

なるほど、これが《習うより慣れろ》なのか。


同期や友人が増えると、自然と合コンに誘われる機会も増えるものである。


男は少し慣れてはきたものの、これまでの経験不足を取り返すべく、合コン必勝法なる本を読み漁っていた。

「つかえる!モテる!合コン〇秘テク!!」

身だしなみから座る角度、話す時は相手の眼をしっかりと見つめる、など、基本のキだけがビッシリと書かれていた。

そして、すぐ実践で披露するものの、マニュアルは所詮マニュアルである。

「何を話していいのか、サッパリ書いてなかったやん」


こうして今度は、関西人のくせに面白くない、という不名誉な風評を広げてしまう残念な男であった。

ただ少しの変化があったとするなら、関西出身なのに少し東京弁が入った、という点だろうか。



かくして男は、連戦連敗の日々を過ごす。
その中で、1つの言葉を思い出した。

「京大卒はモテるんじゃないのか?」


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1年ほど経っただろうか。
場所は東京・新宿のとあるお店。

そこはロフトみたいになっており、薄暗い照明に低い天井。靴を脱いで、クッションを並べてワイワイ飲むようなスペースだった。

もうかれこれ10回ぐらいは合コンに参加した事もあり、男も最初よりは随分と場慣れしていた。全く必勝法では無かったマニュアル本も、ほんの少し役に立っていたのかもしれない。

その日、何対何かはサッパリ忘れてしまったが、男女が交互に座る王道スタイルで会はスタートした。


その時、隣にいた女性は黒髪ロングでやや化粧も薄め。話し出してすぐに、理系出身、いわゆるリケジョである事が分かった。

これまで会ってきた女性よりもどこか接しやすさを感じたのか、男はいつもより饒舌であった。これまでの女性ウケを狙った話よりも、自分の専門の話の方が相手にウケたのだ。

人間なんて実に単純なもので、相手が好意的に話を聞いてくれると、スキかも?なんて感情が芽生えたりする。

ただあまりの経験値の無さに、このスキという気持ちを『ダメだ、単にスケベ心から出てるだけだろ』と抑制してしまう。

そんな妙な葛藤を抱きながら、会は楽しく進んでいった。

ただ1つ気になったのは、距離感が近い事、ぐらいだった。



そうして1次会は終わりの時間を迎えた。
葛藤と戦いながらも、珍しく合コンで楽しく会話出来た、と少し責任を果たした満足感を抱きながら、コートを羽織って店の外に出た。


2次会はお店が決まっていたわけでもなく、適当に歩きながら探そう、というよくある流れへ。


男は1次会に隣だったリケジョと、一番後ろを歩いていた。


冬の肌寒い中の移動。

もともと距離感が近かった女性が、急に腕を組んできて耳元で囁いた。


「ねぇ、このままどっか二人で抜けない?」



読んでいる方は全員分かると思いますが、これはアレです。


が、思い返していただきたい。この男はいかんせん免疫ゼロで、これまでにモテた経験も無い。マニュアルにも、そんなQ&Aがあるわけがない。



しかし、男もしっかりと気付いてしまったのだ。
そして得意の葛藤が始まる。


(モテない俺を、からかっているんだろうか?)
(いや、でもこれってアレだよな・・・)
(1次会から、やたらボディータッチが多かったような)
(なんで大学時代に、月に向かって自転車漕いでたんやろ)
(うん、このまま二人で離れてみよか)
(離れるにしても、幹事にどう言ったらいいねん)
(ゲームやったら、これは確実にフラグ立ってるやん)
(ちょっと待て、これドッキリやったりして)
(二人で離れたところで、どう対応していいんだろう。。)


考えるというより、ハッキリと動揺していた。
しかし、その動揺を見せまいと、男は精一杯強がってこう答えたのである。

「えっ?みんな行くんやし、一緒に行こうや」


絡められた腕は解放され、ただでさえ寒い冬の夜に、スーッと風が通り抜けた。


相手の女性は、無言ながら心の中では

「はぁぁぁぁぁ???」

と言っていたであろう。目は口程に物を言うものだ。


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後日、幹事だった友人に改めて報告をしてみた。

「・・・ダセっ。そりゃ女性が可哀想やわ」


いくら受験勉強をしていても、目の前にある簡単な2択を間違えてしまう。


「まあ、次の機会はもう間違えへんから!」


そんな機会がもう二度と出ないのも、また人生である。





この過ちが、将来男が「合コンキング」と呼ばれる原点となるのだが、

それはまた、別のお話。


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