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着ぐるみの事情              ⑮ダメ出し

全てが終わり、BGMも止まり客席はガランとした。まずはおしゃべりの前に着替えるのが鉄則だ。テント内で女性が着替えるために男性には10分程外に出ておいてもらう。私はさっさと着替え、テント前で見張りをした。

「このは、もういいよって言って。」ムーン役のキリン先輩が言った。この瞬間から呼び捨てになった。青春の先輩は後輩を呼ぶ時、あだ名か呼び捨てだった。ちょっとだけ認められたようでうれしくなった。

赤毛の美少女を演じたペンギン先輩とスタッフに「もういいです。」と伝えて交代で男性が着替える。着替える時はいつもレディファーストという訳ではなく、人数が多い方が先に着替える。アクションショーでは女性は自分1人だけのことも多いので、さっさと着替えを持ってトイレに行って着替える。もちろん「トイレ行ってきます!」と大きな声で言ってから。

汗びっしょりの衣装を各自テント内の骨組み部分に引っ掛け、何とか2ステージ目までに乾かそうと努力する。しかし乾いたことは一度たりともない。どうせ乾かへんとわかっていてもプロは乾かそうとするものである。屋外で晴れていれば乾かせるのではないかとも思うが、ぶつを人目に晒す訳にはいかないので、テント内に吊るすことしかできない。たまにハンガーが数本ぶつの箱に入っている時があり、その時は使えるが、心情的に脇役や後輩は使えない。だからといって、はりきってかさばるハンガーを持ち歩く人にはなりたくないのだ。

ひとしきり片付けも終わり、一息つくと、さっそく「このは、もうちょっとハケるとこ早くしてくれへん?」ペンギン先輩に言われた。「あ、はい。」「早く歩くんちゃうで。ハケるタイミングな。」「わかりました。」「昼ごはん食べてからやろうか。」「はい!」

次はキリン先輩が「このは、どうやった?」「おもしろかったです。」小学生のような感想を言った。私はすぐに次の言葉を思いついた。「先輩たちがすごかったです!こどもたちの声がすごかったです!」すごかったを連発し感動を伝えた。「このはもできたやん!」キリン先輩が言ってくれた。「靴がすべりました。」「そうやろ、でも慣れたらできるわ。」

スタッフも今日デビューの私を気にしてくれていた。「悪くないけどな、もうちょっと大きく動いた方がええよ。握手会はあんな感じで。」「はい!」そこへ先輩が口を挟む。「握手会の時さー、階段上れるこどもでも一応サポートしたってな。落ちたら大変やから。」「あ、はい…。」サポートしたくても走っていくねんけど…心の中で思ったが、もちろん言うわけはない。

何もかもが難しくて面白いこのショーを、負けず嫌いの私は完璧にしたくなった。


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