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着ぐるみの事情                     ⑱アクション

ハイエースは淡路島から事務所に到着した。帰ってきたメンバーは事務所に一度立ち寄り、次の現場の予定を聞く。スタッフはそのままぶつをどこかに返しに行った。

私の次の現場は、「マルレンジャー」つまりアクションショーだと告げられた。ついに公園で練習した右殴りや、前蹴りをする時がきたのだ。今日一緒だった先輩たちは誰もいないらしい…。

「美少女ムーン」や「正義パン」のショーを「メルヘンショー」と呼び、5人モノの「マルレンジャー」や、「ワンダフルマン」などのヒーローショーを「アクションショー」と呼ぶ。アクションチーム青春にはアクションショーしかやらねぇ!という熱い男性が何人か存在した。仕事は選べないと聞いていたが、キャリアを積み、えらくなれば希望を言うことぐらいはできるようだ。

私はキャラショー自体が初めてだし、アニメも戦隊モノの番組もたいして見ずにきたので、どっちが好きとかやりたいとか何もなく「何か知らんけどかっこよさそう」と考えていた。

マルレンジャーショーの練習日は明日だとあらいぐま先輩に言われた。「家でも殴りの練習してこいよ!」と真剣な眼差しで言われた。あらいぐま先輩は円になって基本練習をする時のリーダーだったので、冗談ではなく本気であることはすぐに分かった。メルヘンショーのキラキラかわいい雰囲気ではなく、アクションショーはヘラヘラしていると事故を招いてしまうすばやい立ち回りが見せ場なだけにあらいぐま先輩を含め、アクションショーしかやらねぇ先輩たちはとても厳しく怖かった。

家に帰ってから私は言われた通りに殴りと蹴りの練習をした。「フック」ってどんなんやったっけ?「はらい」っていつやるねんなど疑問だらけだった。家で一人で思い出してみても、名前と技が一致しない。でもまあまだ練習もあるし、役も何になるのかわからないし、とりあえず殴りと蹴りと受け身が分かればいいかな…と自分の中で整理した。
それよりも不安だったのが、マルレンジャーって何?ということだった。マルレンジャー…とにかく悪い敵と戦うヒーローということは想像できたが、マルレンジャーの見た目も話も主題歌も全くわからないままショーをすることになる。今考えれば声を枯らして応援してくれるこどもたちを完全に裏切っているが、テレビ放送は日曜だけだし、家でテレビは見れないし、どうしようもなかった。

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