見出し画像

着ぐるみの事情              ⑭ヒロインの手伝い

「何をしたらいいですか?」とまだ緊迫感がただようテント内で私は焦って先輩に聞いた。「ステージの前に立ってこどもが階段上るのを手伝って」と言われた。

スタッフが「もうOK?」と美少女3人を確認しに来てMCに伝え、MCの「もう一度みんなで呼ぶよ!せーの!美少女ムーン!」の声で写真撮影&握手会が始まった。

とりあえずステージ前で待機していた私に先輩とスタッフが指示する。「上手(かみて)の階段でこどもの手をひいてあげて」と急ぎ気味に言われた。こどもを数人ずつステージに上げて握手をした後に保護者が持参したカメラでMCの合図で写真を撮る。階段では順番はまだなのに走って上る子もいれば、おかあさんに「行っといで!」と言われて急に怖くなる子もいて、抜かしたりぶつかったり、こけたり泣いたりしないように、優しく楽し気に声をかける。

下手(しもて)ではもう1人先輩が待ち構えていて、飛び降りたり押したりしないよう、こどもたちに階段を安全に下りてもらう手伝いをする。上手も下手も興奮冷めやらぬこどもの相手にてんやわんやである。

もちろん、MCがマイクを通してしゃべりっぱなしで、うまく事が運ぶようにこどもたちを誘導するのだが、中にはステージから足が全く動かなくなり佇む子や、美少女の前でじっとできなくて「まだ写真とれてない!」と言う親もいる。しかし細かいことに時間をかける訳にもいかない。スタッフが親の苦情や思い通りに動いてくれないこどもたちを慣れた感じで対処し、スムーズに進める。

2回目のショーもあるし、長引いてしまうと何より美少女3人の負担が大きくなる。写真&握手は30分が限度というみんなが同じルールで進めなければトラブルになるのだ。

私は笑顔を絶やさないようにして、こどもたちの相手をした。ステージ上の美少女たちも疲れを見せたり、はよせんかい!という素振りも見せず、とても楽しそうにお客さんを満足させていた。

私はまた憧れた。自分もこのステージにお客さんとして上り、握手してもらいたくなった。客席から見る美少女と、間近で見る美少女は違う。面だけを間近で見ると、「よくできてるな…ちょっと怖いかな…でもかわいい…ずっと笑った顔やな…」など色々と思う。ドキドキしながら近寄っても動きが怖くなく優しいとわかれば、こどもたちは心を開く。それにはこどもたちの不安を吹き飛ばすぐらいの自信満々でためらいのない演技をしないといけない。

先輩たちは自信満々でなりきっていた。だからお客さんも安心して楽しんでいた。こどもたちの素敵な思い出になるだろうなと私は感じた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?