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着ぐるみの事情                 ⑯昼食後

お昼ごはんはお弁当が出る。司会のおねえさんとスタッフがショッピングセンター内で買ってくる。数種類ある時は先輩から好きなものを選ぶ。後輩はお茶を配る。当時は大きなサイズのペットボトルだったので、紙コップに注ぎ、先輩に配るのが後輩の役目だった。

テントの中でお弁当を食べながら、何で青春に来たん?とか、どこに住んでるん?とか、先輩の質問攻めにあう。全然完璧にできてない私にそんなに聞かないでくださいよ…と思った。2回目のショーは演技を完璧にできる!という自信がないので、明るく元気に調子良くは答えられなかったが、先輩の優しさを感じた。

お弁当を食べ終わると、全員でスーパーのバックヤードに出てさっそく1回目のショーの問題点をラジカセでうすく音を流しながら確認する。時々作業中のスーパーの人たちがチラチラ見ていくが、仕方がない。こちらとしては邪魔にならず、お客さんの目につかないところがここしかないんですぅという感じで、できるだけ広がらないようにしながら演技をする。

私はペンギン先輩に言われた早めにハケるところを念入りに練習する。本番でショーを1回やると全容が明らかになり少しだけ気持ちが楽になる。それは先輩たちも同じで、1回目本番前の通しの時よりもリラックスしている。こどもたちを笑わせるシーンもいろいろなアイデアが出てきて楽しい雰囲気になった。私はできるだけ爆笑はしないようにして、言われたことをくりかえし確認した。

2回目のショーの40分前になり、急いで全員でテントに戻った。BGMが鳴りだし、MCがショーの案内を入れる。私たちは乾いていない衣装をまた着る。不快な瞬間である。だが、着てしまえばなりきれる。今からステージに出るんだと気合が入る。1回目と同じようにお客さんのざわめきがだんだん大きくなりショータイムに近づいていく。もうこのテントから出る時は私は悪者なんだと言い聞かせ、演技をイメージトレーニングする。「ごめん、このはチャック上げて」と着替え途中のペンギン先輩に言われ、衣装の背中のファスナーを上げた。「え?上げた?」「はい。」

「上げたら背中軽く叩いて。何か言って。わからへん。」「あ、すいません。」そんな決まりがあるのか…と感心した。たしかにさっき自分が上げてもらった時も背中を叩かれた。美少女でも声が聞こえにくいモコモコの怪獣でもオールマイティで使える合図だ。背中を叩くと同時に「OKです!」と大きな声で言う。「トイレ行ってきます!」は恥ずかしいが、この儀式は気合を入れ合う雰囲気でとても気に入った。






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