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映画『VORTEX ヴォルテックス』感想と、上田映劇さんのイベントオープンダイアログへの参加

この映画はとても真摯に率直に、綺麗事や都合のよい救いなんかまったくないままに、一組の老夫婦が亡くなるまでの物語を描いています
死に瀕したふたりの老人が亡くなるまでの話、ほんとにそれだけを、執拗に精密に挑戦的なカメラワークで伝えていて、画面内の情報量の多さにくらくらしながら鑑賞しました
そこに描かれている事は誰の身にも訪れる“老いと死”であり、凄く身近で、己の身にも迫る問題だと言うのに、意識しないように、考えないようにしてしまいがちな真実を、これでもかと見せつける映画です
主演のお二人の演技も凄まじく、夫を演じていてるのは『サスペリア』などの監督で知られるダリオ・アルジェント氏なんですが、妻をいたわる優しさ、その病状への苛立ち、ずるいところや情けなくてみっともないところ、子どもっぽく泣きじゃくるところ、死が迫るシーンでの断末魔代わりの激しい呼気とその動作…
凄い演技だ、凄い演技だ…と、言い聞かせて鑑賞しないと辛くてたまらない程に、臨場感を与える演技をされていて怖いくらいでした
認知症を患う妻を演じられているのは、フランソワーズ・ルブランという俳優さんですが、こちらもまた凄く、表情がほとんど無く瞳をうろうろとさ迷わせる、その瞳の動きだけで、認知症で苦しむ内心を表現されてるんです どんどん症状が悪化してゆくさまの辛く痛々しい様子、時折かつての記憶が戻ってそれ故に絶望し嘆くけど、またすぐにその意識にもやがかかったようになってしまう無常さ…
このおふたりを、ひたすら息を詰めて、“その時”までを見続ける映画だったのです

ここからは、作品中に発生したエピソードと画面上の演出と、それについての感想を箇条書きで列挙したいと思います

・物語冒頭のフランス語の歌がとても素敵でした 歌詞が失われたものや朽ち果てたものを歌っていました

・この記事内で、ここまで書きそびれていましたが、画面を分割して夫婦それぞれを分けて写している

https://youtu.be/NWX-wEh30A0?si=UrMqBv1gUf32n63D

事により、夫婦がそれぞれになにをして、何を思っているのか、それが訴えかけるように見せられるけど
“病めるときも健やかなる時も”っていう結婚の誓いって幻想に過ぎなくて、病もうが健やかだろうが、夫婦だろうが、人はひとり独りなんだよ、って視覚的に暴露しているように見えたんです
斬新な撮影手法と演出で、とても普遍的な真実を表現している凄さがほんと面白いです

・朝、目が覚めた妻が、瞳の動きだけで(目が覚めた場所がどこなのか思い出せない、隣で寝ている男は誰だ………あぁ、これは夫だった)と、認知症の症状が進行したり時に記憶と意識が戻ったりしていること、それが端から見ているとまったく見えないことが、視聴者には痛いほど伝わっちゃうのが、冒頭からめっちゃ辛いです

・夫は映画評論家なんですが、タイプライターと手書きのノートで原稿を執筆してるらしく、書斎や廊下の書棚にも山と並んだ書籍も相まって、こんなテーマの映画でなければ、作家さんの書斎として鑑賞したいし、雑誌の特集記事にも出来そうな素敵な空間がありました 古い時代の映画のポスター(1927年の『メトロポリス』?)が飾ってあっていいんです

・その夫なんですが、執拗に電話をかけ続けていて、どうもそれは妻以外の女性、平たく言うと愛人につれなくされていて、それでもしつこく連絡をとらずにいられないらしいと分かるのですが、妻の病状が危ない時に、それに耐えらんなくて愛人によしよし
( *´・ω)/(;д; )して欲しいんだな…と思うと、可哀想なようや、可愛いような、ぶん殴りたくなるような様々な感情に襲われました

・愛人がいようと、妻に対する愛着や愛情が無い訳じゃないんですよね…愛人はもう20年来の付き合いのようなのですが、妻はそれに気がついていたのか、無視していたのか、内心怒り狂ってたのか、どうしたらいいか分からなかったのか、諦めてたのか?

・妻は徘徊に出てしまった先で、夫に見つけてもらって、そこで花束を買ってもらうのですが、自宅のベランダにある素敵なガーデニングスペースは既に朽ちかかっていて、花束も花瓶に活けられることもなく(おそらく花瓶の場所が分からなくて、何を探していたのかも分からなくなって、花束があることに困ってしまって)プランターに直接束のままで差し込む、という無惨な事をしてしまうんです お花を愛していた人だろうに、こうなってしまうのが辛い

・夫婦にはそれぞれの仕事部屋があるのですが、夫は書斎での執筆は遅々として進まず愛人に繋がらない電話をかけ続けていて、妻は何度も自分のパソコンデスクのある場所に座って何かをしようとするけど(何かをしなきゃいけない、でも何をするつもりだったのか、どこになにがあるのか、思い出せない、何もできない)という動作を何度も何度もしているんです
それが分割された画面で見せられる事で、よりその状況の悲しさが視覚的に解ること、そこが凄いんです

・遠方に住んでいる息子が子供連れで、両親の様子を見に来るのですが、最大限優しくはしてるし、適切なケアについての提案もしているけど、真に両親のそれぞれの心細さに寄り添ったり親身になったりするわけではなく、しっかりお金をせびってくところはハハッってなりました そんなもんだ

・夫の愛人は映画評論家の関係者だった事が後に分かるのですが、妻が認知症で本人は心臓病を患っていて、いつ発作になるか分からない…っていう状態の人間と愛人関係を続けるのはそりゃあ無理ですよね
でも夫は愛人との復縁を迫ってしまう、自分の状況を客観的に理解出来ていないのだとよく分かります
(あとこれは凄く品のない想像ですが、ダリオ・アルジェント演じる夫さんって、心と口と指先だけは性的に現役な感じの男性に見えました 愛人にすげなくされてる原因って、会うとセックスもしようとしてたんではないだろうか? 愛人さんからしたら、腹上死されるなんてごめんだから、やんわり拒絶しようとするんだけど、話をひとっつも全然聞かなかったんじゃないかな)

・息子から介護ヘルパーを入れようとか、介護施設に引っ越すべきだと、まったくの正論を言われても頑迷に拒否してしまうシーンでは、この期に及んでまだそんな事言ってんのか! と呆れましたが
施設にはこのたくさんの本は持っていけないだろう! 何百冊とあるんだぞ! 本は捨てないぞ! と怒鳴るところになると、自分も同じこと多分言うわ…と急にしんどいブーメランが刺さってしまいました

・夫の書きかけの原稿を、掃除と称してビリビリに裂いてトイレに流してしまうシーンはとにかく恐ろしいのですが、一方そのトイレシーンが夫のシャワーシーンと平行して流れるので、セミヌードまで見せてくれつつ、トイレを抱えて泣きわめくダリオ・アルジェント氏がすげえ体当たりな演技をされているなあ! と感動しました

・それにしても、妻は何でトイレに原稿を流したのでしょうか
ごみの捨て方がもう、分からなくなっていたのか?
だとしても、書類なんて他にもたくさん散乱していたはずです
原稿をピンポイントで処分してしまうのって、何か意味があるように感じてしまいます
愛人が映画関係者だったから、お前の仕事なんかクソと同じだ! って、ずっと思ってて、それが出ちゃったのかなとも考えましたが、恨みはあったのかも知れないけど、もう分からない
記憶は失われた、無くなったっていう話なんですよね…

・ついに夫は心臓病の発作を起こし亡くなるのですが、亡くなるその寸前までの、苦悶のの演技がほんとにほんとに素晴らしかったです…!
ダリオ・アルジェント氏、すごい
そして更にその演技の凄さを強調するのは、死に顔がじわじわとホワイトアウトして、
ずっと夫婦のそれぞれを写していた2つの画面の片方が何も写さなくなり、それ以降の映像が画面半分だけのものになるのです
そこに妻はひとり、うつろな顔をして、身なりもまったく整えられないままで、首から介護の呼び出しブザーを下げているけど、おそらくそれを使うことは出来ないままでいます 
家の中は物で溢れかえって荒廃しきっています
きっと2人が大切にしていた植物も書籍も、もうなんの価値も無いんです

・妻は夫の後を追うように、程なく亡くなるのですが
何だかそれも、悲しいと言うよりは心底ほっとしてしまいました
あまりにしんどいから、死という区切りが安息のように感じてしまったのです

・映画の終わりは、たくさんの物が溢れていた部屋が、どんどん物が処分され、夫婦が長年暮らしていた痕跡が拭われて、きれいさっぱり何も無くなります
画面もあっさりと、これで終わり、もう何もないよって消えてしまうのです
それは人が亡くなる時の真実をありのままに写していました
人生は夢の中の夢というのがこの映画のコピーになっていましたが、シンプルに率直に儚さを描いてるんだと感じました

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その次の日、先日よりたびたびお邪魔させて頂いてる、長野県上田市の映画館、上田映劇さんで開催された、映画の『オープンダイアログ』に参加してきました

こうした“映画を語る会”へ参加をするのは初めてだったのですが、テーマは【今年、上田映劇で観た映画の話】だったので、難しい映画の評論に踏み込むというよりは、素直に話せて聞けてが出来れば良いかな~と思って参加をしたのです
結果として自分が観れてない映画のお話も聞けて楽しいし、自分の話は(あらかじめnoteで感想まとめしてあるから)話しやすいし
話題に『VORTEX ヴォルテックス』を上げた方と「あのシーンの演出凄いですよね!」「分かります分かります!」って言い合えるのが凄く楽しかったし、会場となるカフェのコーヒーがとても美味しく、なんと手作りのパウンドケーキを持ってきて下さった方もいて、その味も素晴らしい素敵な会でした
そして映画そのものの話だけでなく、映画を観た上での、現在の社会情勢(ロシアのウクライナ侵攻や、イスラエルとパレスチナの問題等)にも議題が及ぶシーンもあり
映画を観ることって楽しいだけでなく、現実の問題に目を向けたり意識する力もある、エンタメだけでなくジャーナリズムに通じるのだと改めて感じました
オープンダイアログ(直訳すると、開かれた対話)という場所で、ものを考えて自分の意見を述べて、他の方のお話も聞かせてもらう楽しさがありましたし
何よりこの映画『VORTEX ヴォルテックス』って、人は1人で独りなんだという残酷な真実を、あくまでドライに生のままに示してる作品でしたから
それでも 人は人と繋がりたいんだよ、交わりを持ちたいと願うんだよ ということも、また強く感じられた、良い夜でした

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