どんな時でもチャレンジ精神
パソコンに向かって三時間が経過した。数分前から始まった目の渇きで集中力が途切れがち。堪らず目薬を手に取って点眼した。薬液が漏れないように瞼を閉じて、ひんやりした感覚に浸る。
一分程で瞼を開けた。手元に置かれた箱からティッシュを引っ張り出して素早く目元に押し当てた。それを丸めてゴミ箱に投げ込んで作業に戻ろうとした。
その時、気付いてしまった。左手の中指の皮が捲れていた。幸いなことに血は出ていない。右手の親指と人差し指を使って摘まみ、軽く引っ張ってみる。取れる感じがしない。少し力を強めるとピリッとした痛みが走った。
一度、摘まんだ皮を離した。目で爪切りを探したが見つからない。立ち上がって探すことは可能だが億劫に思えた。過剰なチャレンジ精神というのか。自力で引き抜く選択をした。
左手の中指の端で反り返る皮を右手の親指と人差し指の爪で挟む。引き抜く方向は指先の方で、決して逆方向に引っ張ってはいけない。流血の惨事を引き起こすことは過去で学んだ。
引っ張る方向は決まっても、まだ安心はできない。思い切りが足りないと血が出る。作業は両手の指を使って行う為、それは避けたい。勇気を持って一気に引き抜くことを心に刻み、その瞬間に備える。
まずはイメージする。右手の力だけでなく、引っ張ると同時に左手も動かす。両手が左右に弾け飛ぶ状態を頭に描く。あとはタイミングを合わせれば皮の切り離しは終わり、すんなりと作業に戻ることができる。
「……どうってことはない」
敢えて声に出し、プラシーボ効果を狙う。想像力が大いに働いて一分後の自分が見えるようだ。背筋を伸ばしてリズミカルにキーを打つ。ピアニストのように軽やかで実に凛々しい。
瞬間、絶妙なタイミングで実行に移した。
私は思い描いた通り、作業に戻った。炬燵に入った姿で背筋をピンと伸ばし、リズミカルにキーを打つ。時に左手の指がもたつく。それもそのはず。
中指にはティッシュがグルグル巻きにされていた。
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