【ショートショート】ことわざ
祝日もあって男は昼に近い時間まで寝ていた。寝ぼけ眼を擦りながら部屋を出た。待ち切れない腹が催促するように小さく鳴った。
キッチンに入ると冷蔵庫に向かう。隣り合った食器棚に意識が傾く。急に怪訝な顔となった。
ガラス越しに食器が見える。コップに挟まれた丸皿の上に小豆を纏った物が置かれていた。
「……おはぎだよな?」
呟いた途端、周囲に目を走らせた。人の姿はない。隠れるところもないので表情を和らげた。
「なんで、おはぎがあるんだ?」
一人暮らしの独身もあって思い当たることがない。
男は棚にあった丸皿を取り出し、丸っこい物体に鼻を寄せる。
「小豆だな」
人差し指で表面を抉ると中に収められた白い物が見えた。
「餅か。やっぱり、おはぎか」
人差し指に付着した小豆を口に含む。軽く噛んで、良い甘さだ、と感想を言った。
「なんで、おはぎなんだ?」
疑問は解消されない。
『……違う』
その声に驚いて男は丸皿を落としそうになった。頭の中に、直接、重々しい声が響いた。
「な、何が違うんだ!? おはぎだろ!」
『そうではない』
頭の中の声は否定した。男は訳がわからない状態で語気を強めた。
「違わないだろ! おはぎじゃなかったら何なんだよ!」
『棚から……』
問い掛けるような声音に変わる。男は小首を傾げながらも答えた。
「おはぎだよな?」
瞬間、丸皿からぼたもちが消えて男に幸運が訪れることはなかった。
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