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鉄軌道の「公共性」とは何か 2/4

*あらまし*
 鉄軌道は“装置産業”の代表格といわれるほど、固定費が多額にかかります。
 なぜなら、実際に利用する旅客や貨物に対して、車両・編成の容積や、線路に走らせられる、列車の本数を変えにくいためです。
 つまり需要に合わせて、供給量を増減させにくいという特徴をもちます。このことにより、鉄軌道は市場原理になじまないのです。


2-1 装置産業の弱点

2-1-1 需要にあわせ、生産も調整する原則

 一般的な産業では、変動費にあたる費用が多い。
 なぜなら、原材料や仕掛品などの仕入れ数を、求められた生産量=需要に応じて調節できるからである。その調整により、仕入れや在庫管理の費用を抑えられる。
 生産者側は「より多く売れるなら、増やす生産の費用回収と、さらなる利潤確保のため、より高い価格をつけよう」と考える。
 方や消費者は「この価格までなら、購入したい」とモノ・サービスの価値と価格を比べ、買い物する量の多少でもって、その数量や価格が妥当か答える仕組みである。
 ”高く売りたい”生産者側と”安く買いたい”消費者側の、相反する意思が拮抗することにより、自然に市場に流通する価格と数量をすり合わせていくことができる。すなわち、中高の教科書でならうような市場原理が通用する。

2-1-2 調節を効かせづらい、装置産業の供給量

 一方、鉄軌道はじめ装置産業では、資産の導入や維持に、固定費が多額にかかる。
 それが受け入れられる需要量が、もとより大きいためだ。
 例えば線路上を往来する車両の大きさ、定員の多さを思えば、容易にそのことがわかる。
 このため、車両の増備や線路の増設など、輸送量の増強にかける費用が掛かりにくい。
 例えば定員100人の電車10両で、運行されている路線があるとする。この路線で1便あたりに、実際に乗る人が0~1,000人の間なら、車両の増備などはいらないことになる。
 バスにマイカー、自転車などなら、この人数の間で使う台数も細やかに調整できるが、鉄軌道ではそれができない。

「即地財」「即地財」といい、
空席の列車の座席(立ち席含む)は再販ができない。
特定の時間や線区で供給された輸送サービスは、再びその同じ時間には売りなおせないからだ。


 よって需要が小さい時は、過剰な供給量=輸送量のまま、運行をせねばならない。
 平たく言うと、車内ががら空きなら、空席という売れ残りを出しながらの運行を強いられる。現にラッシュ時以外の時間である、日中や早朝、深夜などはこの状態となる。
 だからといって、その無駄な供給をなくそうとすれば、鉄軌道の車両ひとつとっても、その容積、定員を変えるのは大改造となる。ましてそれを、日に何度も施すなど不可能である。
 利用が少ないなら、編成より一部の車輌を切離せば、若干運用来かかる費用が減らせるだろう。だが事業者がこれを手放す訳ではないので、固定費に変化はない。

  • メモ:オフピーク通勤を、事業者が推奨する理由がここにある。ラッシュ時以外で生じる空席を少なくしたいためである。

前任の4両編成であった205系600番台に対し、
主に宇都宮~黒磯・日光線に投入されたE131系600番台(写真)は3両編成である。
このため通学での混雑が激しくなった。
積み残しが出るようなら、差別なく利用出来るとする
公共交通としての機能を果たせないこととなる。
閑散時は空席が多くても、それがラッシュ時には「公共性」担保の要となる。
これを民間企業だけが担うのは難しい。

 要するに、車両や線路、用地、運行システムなど鉄軌道にかかわる資産一式の増減は、数時間単位など、短期的には不可能である。つまり装置産業では市場での需給調整に必須である、費用と供給する数量の細やかなすり合わせができない。

2-1-3 高い固定費に押し上げられる平均費用

 要するに車両や線路の容量は、実際の需要の変化にかかわりなく大きい。よって固定費が大きい。
 またそれゆえに、乗客が増えても、追加の費用(限界費用)が掛かりにくい。
 このことが、装置産業の需給のグラフの基本的な特徴である。
 この特徴ゆえ、平均費用曲線が限界費用曲線を上回ってしまう。
 装置産業ならではの多額の固定費用は、平均費用にのみ、組み入れられるためである。
 限界費用の内訳に、固定費は入らない。なぜなら限界費用とは、追加での生産量に応じて生じるからである。生産数に応じては、“変わらない”固定費とは対の性質である。
 平均費用は全ての費用を、全ての生産量で割った値を指す。よって固定費は、平均費用にのみ含まれる。こうして固定費分、限界費用曲線より平均費用曲線が高くつく。

  • 参考:限界費用……追加生産にかかった費用(=変動費の増加分)を、追加で生産した数量で割った値

装置産業:固定費(Fixed cost)の高い産業の、需給の関係を示したグラフ
固定費の費用逓減が起こるので、平均費用曲線も限界費用曲線もおおむね下向きとなる。

 だが先述の通り、供給量と費用が比例すること。またこれらを消費者側と、自然に調整することが市場原理である。このため、限界費用曲線と供給曲線は同一と見なされる。
 つまり限界費用曲線と需要曲線の交点が、市場原理本来の均衡価格となる。
 よって、実際にかかっている費用が、原理上かけるべき費用を、ほとんどの場合上回っていることになる。


2-2 ”総括原価方式”による市場への公的介入


 かくして自由な市場(完全競争市場)の原則では、事業者の経営が成り立たない。
 このため、運賃の値段統制も必要となってくるが、これも公的な市場介入によりなされている。
 具体的には、総括原価方式と呼ばれる方式が採られる。これは事業者が、適正な輸送サービスのために投じた総費用(=固定費用+変動費用)をベースに設定される。詰まることろ平均費用に基づき設定される。この回収分に加え、適正な利潤を上乗せした価格が、総括原価である。

エピローグ

 まとめると、鉄軌道事業に“公共性の高さ”のイメージができる理由には、事業参入のへ制限と、価格の統制がなされていることがある。
 その背景に鉄軌道事業は、固定費の莫大な装置産業であることがある。
 だから供給する輸送量を調節しづらく、無駄(閑散期、閑散時間帯に空席など)が出やすい。
 ならびに固定費が莫大であると「費用の低減:規模の経済」という現象が起こる。輸送量が多くなると、費用が割安になる特性のことである。
 そこで限りある需要を奪い合い、事業を巨大化させられた会社のみが生き残る。もしくは端からライバルが現れず、自然独占が起こる。そうなれば事業者間の競争と努力も生じない。
 また固定費が高いと、平均費用が固定費分、限界費用より高くなる。だが原則上、限界費用曲線と供給曲線の交点で最適な価格と数量は決まるから、採算のとりようがなくなる。
 この根本的性質から、鉄道運営は公的な管理下に置かれる。ひいては俗に「公共性が高い」といわれるのである。

補足:経済学的には「公共交通」だから公共性があると、されるのではない。両者の“公共”は別の概念である。
公共交通の公共とは、コモンキャリア(common carrier)として、指定した運賃、料金を払えば、誰もが平等に、利用できるとの意味である。
市場の失敗を起こしやすい特定の産業を、特別に保護、規制する必要から、語られる公共性とはまた異なる。
(続)

主要参考文献

楠谷 清・川又 祐『教科書シリーズ 経済学入門[第2版]』光文堂 2019
竹内 健蔵『交通経済学入門』有斐閣ブックス 2012
藤井 英人『現代交通論の系譜と構造』税務経理協会 2012


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