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鉄軌道の「公共性」とは何か 1/4

プロローグ


「鉄軌道(公共交通)は公共性が高く採算に乗せにくい」「だから公的支援を積極的に図るべき
こうした意見が、鉄軌道はじめ公共交通を語る際よく出てくる。
この「公共性」とは何ゆえに生じているのか
あるいは何が、鉄軌道にとって採算のとりにくい理由となっているのか?
そんなイメージの詳細に、経済学の観点から迫ってみよう。

第1部:公共交通が「公共性の高い」理由:条件あれこれ

1-1 条件①非競合性


実はミクロ経済学には、「公共性」の定義はない。ただし近しい概念として「公共財」の定義ならある。この概念が“公共交通の公共性”を知るための、重要な目安となる。
公共財とは、市場原理ではこれに馴染まず、うまく必要とする人々に供給ができないモノ・サービスを指す。このため政府など公的主体が、関与(市場介入)しなければならない。
公共財・公共サービスであるための条件は、「非競合性」「非排除性」の少なくとも、どちらかの性質をもっていることである。
鉄軌道は根本的性質として、大量輸送ができる

地方でも通勤・通学のような、特定の時間帯にまとまって発生する輸送需要は、マイカーだけではさばききれない。大量輸送を得意とする鉄道が本領を発揮している。(JR東北本線 郡山駅)


車両は1両当たり数十人~百数十人と乗せられるし、線路は閉塞*装置により、列車を何本も運行できるためである。
*列車同士の衝突を防ぐため、本線上に一定間隔で設けられる概念的な仕切りのこと。この仕切りの間を閉塞区間という。閉塞区間には列車が1本しか進入できないようその始点には信号機(主信号機)が設置されている。
 
このため鉄軌道は、「非競合性」を有している。「非競合性」(共同消費性・集合消費性とも)とは、同時に複数人で、同じ財・サービスを利用できるという意味である。まさしく “競合せずに使える”ということである。極端なたとえなら、乗車率250%超の満員電車のように、詰込みが効いてしまう。これにより供給を増やすには、資源や労力のために、より多くの費用を要するとの市場原理が、通用しなくなるのである。

ちなみに非排除性(排除不可能性)とは、対価を支払わない利用者を、排除できないことと定義される。だが鉄軌道はじめ公共交通では、改札・車内検札などにより不正乗車は摘発できる。このため、非排除性はあまりない。
まとめると、鉄道は公共財としての定義のうち「非競合性」のみを持ち、「非排除性」を持たない。
このため純粋公共財ではなく、『準公共財(クラブ財)』と呼ばれる。“公共性”と“採算性”の両方の性質を持ちあわせているともいえる。

1-2 条件②装置産業


もとから輸送容量が大きい鉄軌道は運行頻度や編成両数など、大まかな輸送力調整しかできない。しかも、例えば日中に運行本数を少なくしても、列車は本線に出てこないかわり基地で休んでいたり、検修を受けたりしている。すなわち事業者は列車を保有したままである。このため費用を抜本的に増減できない。
つまり、輸送量(供給量)の増減に関わりなく、かかる費用(固定費)の割合が大きい。

路面電車のような比較的小型の車両でも、輸送できる人数は大きい。
写真の富山地鉄デ8000形は、定員66名(座席26名)


具体的には車両や線路に、「♪野を越え 山越え 谷越えて」との歌詞のとおり、自然の地形を貫いて線路を通すインフラ、また用地など、固定費にあたる支出が多岐に及ぶ。
これに加えて、多数の人員が携わる「労働集約型産業」でもある。つまり人件費も、固定費に近い存在となる。
ゆえに鉄軌道は大規模な物的資産が操業の中心となる「装置産業(process industry)*」の代表といわれる。
*他には石油化学工業(コンビナート)・電力等の、いわゆるインフラ産業など

非電化単線でさえ、線路や付帯施設の維持に補修、また地域によっては除雪なども要されるため、鉄道事業の固定費は莫大である(写真はJR東日本 北上線)

1-3 条件③規模の経済/費用逓減


固定費が高いということは、需要がふえても、費用が追加されにくいわけでもある。
 これにより、「費用逓減」や、「規模の経済」という効果が発生する。
*逓減(ていげん):次第に減少すること。

 費用が据え置きなら、受け入れる輸送量を増やすだけ、儲けが生じやすいというわけである。
 利用量が増えれば乗務員の人件費や、切符の発行枚数、また列車を動かす電気代、燃料代といった、変動費の増加も考えられる。
だがそれらより、固定費の輸送量の単位(人・t)あたりで割安になる傾向の方が大きい。全費用に占める固定費が、非常に高いからである。

*このあたりの性質が、満員電車の解消が難しい理由である。この特性ゆえに、既存の設備だけでは需要を満たせなくなった際のその増強、すなわちまとまってかかる追加の支出に、事業者は消極的になる。そして供給が過小になりがちである。
 

1-4 破滅競争の回避


 1社だけでも、相当数の需要をさばききれ、また経営もはじめて安定させられる。そんな交通事業をもし、完全自由競争下においたら、何が起こるか?
需要が分散され、1社あたりの受け持つ輸送が少ないのでは、規模の経済や、費用逓減の効果が得られない。
 だが、旅客や貨物の輸送需要は無限には存在しない。それゆえ、大多数は必然的に費用回収のための需要を確保できず敗退する。
このような経営上の非効率と資源の浪費を避けるべく、あえて独占(寡占)市場となるよう、鉄道事業には参入規制がかけられる。

 この事業参入規制はもちろん市場の外部から、すなわち公的にかけられる。我が国では「鉄道事業法」により、新規参入や路線開業が許可制となっている。これが「公共性」の高さを印象づける理由のひとつだ。
 

1-5 自然独占と価格の規制


 並びに、民間事業者(=利潤を優先して求める立場)としても、新規参入には二の足を踏みがちとなる。自前で巨額のインフラを、それもライバルに経営規模で上回るように用意することは困難だからである。
 先述の通り、もとより単独ないし少数の事業者で大量輸送ができ、沿線の需要を満たしやすい。こうしたことから交通事業には、自然独占性がある。
 だから事業者はライバルに対抗した、自発的な企業努力が生じにくい。
 このため公的介入による価格設定(=利用者の支払い意志の価格に、できるだけ近づける)が求められてくる。
 そのため、総括原価方式と呼ばれる算出方法により、鉄道事業の運賃は設定されている。
 まとめると、鉄軌道の「公共性の高さ」を印象付ける一つの理由には、需要にあわせた供給力の調整が苦手で、供給量とそれにかかる費用が常に莫大である。このため自由競争と根本的に相性が合わず、あえて事業への参入規制がかけられていることにあるといえる。
現在では多くの鉄軌道路線は、JRはじめ民営企業により運行されているが、その背景では国による市場介入が果たされている。

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