小説 : 僕が見つけた理想郷 幸せの受け取り方と与え方(なぜ人間は平等なのか?)

僕は大学3年生の秋の深まったある日、夜行列車に乗ってひとり旅に出かけた。
初日は観光名所を廻り、翌日は地元の人たちの信仰の山に登った。標高1000メートルもない山だったのでゆっくり登って下山出来ると思った。

山頂には小さな祠があり、僕はお詣りした後、水筒の水を飲みながらコンビニで買ったおにぎりを食べた。
少しの間、山頂からの景色を楽しんだ後、僕はゆっくりと下山した。
下山している途中で雨が降って来た。僕はリュックのなかから雨合羽を取り出して着た。そして歩き始めると、傘をさした和服姿の40歳位の女の人が歩いて来た。

「あら、お見かけしたことのない方ですが、こちらへは旅行で来られたんですか?」
「はい、大学の夏休みを利用して東京から旅行で来ました。」
「お若いと思ったら学生さんでしたのね。何年生ですか?」
「はい、3年生です。」
「私はこの近くで民宿をしている女将です。私の民宿で雨宿りしていきませんか?もし、気に入って頂けたら、お泊りください。」

僕はその女将さんの後について行った。民宿まで直ぐに着いた。茅葺き屋根の大きな建物で、誰かの話し声が聞こえた。僕以外にもお客さんがいるみたいだった。

囲炉裏のある部屋に入り、囲炉裏の前に座ると暖まって来た。そして、囲炉裏の良い匂いがした。
女将さんは、温かいお茶と粟ぜんざいを持って来てくれた。粟ぜんざいは初めて食べたが美味しいと思った。
雨は止む気配がなかった。僕はその民宿に泊めてもらうことにした。
六畳と四畳半の続き間の和室だった。奥が四畳半で
外の景色が見えた。この民宿は中二階のため、客室は一階にしかなかった。
六畳で食事等をし、四畳半は布団を敷いて寝室として使うようになっていた。
テレビもラジオもなかった。
地元の新聞と数冊の本が置いてあった。僕はそのなかから、水上勉さんの、土を喰らう日々という小説を選んだ。

本を読みながら寛いでいると、女将さんが来て、
お風呂の用意が出来ました、と言った。僕は女将さんから、手ぬぐいとタオルと固形石鹸と身体を洗うための糸瓜を渡された。
浴室は2〜3人位入れる広さだった。薪で沸かす風呂だった。風呂の湯加減は丁度良かった。身体を洗い湯船に使っていると、浴室の外から女将さんの声で、お湯が温くなりましたでしょ、薪を入れます、
熱くなったら水を入れてください、と聞こえた。

風呂から出て部屋に戻ると、部屋の台の上に冷えたラムネが置いてあった。僕が懐かしく思いながら飲んでいると、女将さんが夕食を持って来てくれた。

地元の野菜を使った料理の他に胡麻豆腐と岩魚の塩焼きがあった。黄色い小さな粒の塊は、女将さんが岩魚の卵の塩漬けと教えてくれたものだった。珍味で美味しいと思った。
食べ終わり、女将さんが片付けに来てくれて少しすると、女将さんが甘酒を持って来てくれた。

「甘酒のなかに少し生姜汁を入れてあります。身体が暖まりますから。私は主人を早く亡くしました。
娘が生まれて直ぐの時でした。働き者で優しい人でした。私は今でも悲しく思っています。だから私は、長生きすると思っています。学生さんは長生きしたいと思いますか?」
「余り早く死にたくないです。」
「学生さん、長生きしたければ皆の嫌われ者になってください。」
「憎まれっ子世に憚るですか?」
「その通りです。なぜ憎まれっ子が世に憚ると思いますか?それは人間が平等だからです。人間は一生の内に受け取る幸せの量が決まっています。100なら100の幸せしか受け取れません。幸せはお金や物から受け取ることは出来ません。人からしか受け取ることが出来ないのです。人はこの100の幸せを受け取ると亡くなってしまいます。いい人が早く死んでしまうのもこのためです。美人薄命もその通りです。美人は子どもの頃から皆に可愛がられて幸せいっぱいに育ちますから。時々、長生きしている美人がいますが、その方は愛する人や家族を若い内に亡くしたのかもしれません。長生きしている人を一概に不幸だとは思わないでください。中には、100の幸せを受け取る時がまだ来ていないだけの人もいますから。」
「女将さん、世の中には幼くして病気や事故で亡くなってしまう人もいます。こういう特に子どもたちは、100の幸せを受け取れずに亡くなっていると思いますが。」
「そういう方々は、亡くなると直ぐに極楽浄土に行き、特の高い仏様になります。あっ、娘が来たみたいです。学生さんに紹介させてください。美沙子と言います、14歳です。」

艶のある長い黒髪の少し小柄な奇麗な娘さんだと思った。娘さんは正座して丁寧に頭を下げて挨拶してくれた。
女将さんと娘さんが行った後、僕は急に眠くなり、
四畳半に用意された布団のなかで、ぐっすりと眠った。

翌朝5時半に目が覚めた。僕は歯を磨き顔を洗うと民宿の外に出た。
民宿の前は霧でよく見えなかった。朝日が暖かく感じられて来ると、少しずつ霧が晴れて来た。
そして、目の前に見えて来た景色に驚いた。
目の前には田園風景が広がっていたからだ。民宿に来る時には気付かなかったと思った。
霧が晴れて来るにつれて景色は広がって行った。
田園の周りには畑も果樹園もあった、そして民宿と同じ様な茅葺き屋根の家が点在していた。川も見えて来た。水車小屋も見えて来た。そしてそこで幸せそうに働く人たちも見えて来た。子どもたちもいた
僕は懐かしく羨ましい気持ちで見ていた。
女将さんの、朝ごはんが出来ましたよ、という声が聞こえた。

部屋で朝ごはんを食べ終わると、女将さんが、珈琲と女将さんの手作りだというカステラを持って来てくれた。
「学生さんだから珈琲がいいと思って持って来ました。学生さん、はっきり言います。学生さんは長生き出来ません。見ていて分かります。何も今日明日亡くなるというわけではないので心配しないでください。学生さん、あなたは皆に慕われていますね、
違いますか?そうでしょう。学生さんは色んな人たちから幸せを受け取り続けています。今のままでは平均寿命まで生きられないどころか、もっと早く亡くなってしまいます。
学生さん、私が自分で言うのも何ですが、美沙子は奇麗で心根の優しい女の子です。今直ぐにとは言いません。美沙子が18歳になったら、美沙子をお嫁さんにして、この民宿の跡を継いで、美沙子と一緒に生きて行きませんか?学生さん、美沙子だけから愛情と幸せを受け取って、ここで長生きしませんか美沙子は大丈夫です。学生さんのことが好きだと、私に言いましたから。考えてみてください。
この財布を持って行ってください。上手く説明出来ませんが、この財布を持っていないと、ここには来れないのですよ。」

僕は荷物を持って民宿を出た。美沙子は僕が見えなくなるまで手を降っていた。
僕は何回も振り返って、民宿とその前に広がる田園風景を見ながら歩いた。
少しの間歩き続け振り返ると、そこからは民宿もその前に広がる田園風景も見えなかった。
ただ山の斜面が見えるだけたった。
僕はリュックのなかから、女将さんに貰った財布を出した。
その財布には、こう書いてあった。

民宿 天恵 [ 約束された人たちが出逢う宿 ]

僕は財布を握りしめ、来た道を戻って行った。
山の斜面に茅葺き屋根の建物が朧気に見えて来た。
そして、民宿の姿がはっきりと見えると、その前に
田園風景が広がって来た。
民宿の敷地に入ると、美沙子が玄関を飛び出し、
僕に向かって走って来た。
僕は美沙子を抱きしめた。
そして茅葺き屋根の民宿とその目の前に広がる田園風景を見つめた。






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