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【短編小説】神様

人は迷うと神社に来る。
神社に来て、神頼みをする。
「どうか・・・どうか・・・」と。

人は知らない。神様がきちんと聞いて、答えていることに。

ある男は願った。
「どうか宝くじが当たりますように。事業で失敗して、借金もあり、家族にも逃げられました。お金さえあれば・・・」
神社で願い、多少落ち着いたのか、男は宝くじを買いに行く。

鈴の音を聞いて出てきた神様は、男の願いを聞いて
「またか・・・」とため息をついた。

宝くじに当たることを願いに来る人は多い。
もちろん、たまに当たるようにしてやることもある。
だが、ほとんどは当たっても悪い結果にしかならない。

こんな寂れた神社に、正月でもないのに来てくれた男。
せっかくだから力になりたい。
そう思って神様は、神通力で男の家族の様子を見てみることにした。

女が子どもと一緒に公園で遊んでいる。
「どれ、ちょっと久々に心を読んでみるか」
女の頭に集中して、感情を感じ取る。
細かいところまではわからないが、どうやら男への憎しみはないようだ。
どちらかというと、心配している。

「ふむ・・・」
男は「お金がなくて家族に逃げられた」と言っていたが、女はお金のことを強く考えているわけではないようだ。

神様は、次に過去を覗いてみることにした。

男は事業をやっている。小さいながらも、安定しているようだ。
全部みていると大変なので、10倍速でざっと確認する。
あるとき、男の顔が曇った。
信頼していた社員にお金を持ち逃げされたようだ。

そこから今日まで、およそ3か月。
倍速でざっくりと確認していくと、おおよそ次のようなことが分かった。

男は、お金を持ち逃げした社員にも、何か大変なことがあったのだろう、と許していた。
「他人を信じることが大切」、それが男の信念だった。
だが、お金がなくては事業が成り立たない。
案の定、事業は行き詰まり、倒産となった。

それでも、男は他人を恨まない。
「野草も食べれるよ」と、お金を使わない生活を女に提案していた。
女も、はじめは他人を恨まない男の性格に魅かれていた。
しかし、これは度が過ぎる、自分が不幸になってまで、他人の幸せは望めないと出ていったようだ。

過去のあらましを確認し、やはり男が宝くじを当てては不幸になる、と感じた。
男が宝くじを当てたところで、金を貸してくれ、と言いよって人たちに当選金を巻き上げられて終わるだろう。

「どうしたら男は幸せになるだろうか・・・」
人の気持ちは神様でも操れない。
だから、女を無理やり男のもとへ送ることはできない。

「そういえば、お金を持ち逃げした社員はどうなったのだろうか?」
神通力で元社員の行方を見ると、老々介護となっている母と祖母の介護費用に充てたようだ。
だが、お金を持ち逃げした心苦しさからか、顔が相当やつれている。

「なるほど、こちらなら手が打てる。まず、彼の祖母をこちらへ呼んでしまおう。90歳であれば、大往生だろう。母親はまだ60歳で、自分で動ける。その後、あの男から彼に連絡を入れさせよう。」
やることが決まれば、後は実行するだけだ。

元社員の祖母は、次の日の朝、安らかに息を引き取った。
元社員と母は、介護から解放された嬉しさと、肉親を失った悲しさで、呆然としていた。

そこに、あの男から元社員へ連絡が入った。
「昨晩、夢でお前が泣きながら謝罪していた。金は有効に使えたか?お前はよくやっていたから、退職金代わりと考えてくれていいぞ。負い目を感じる必要はないからな」

元社員は、自分がお金を盗んだせいで、男の会社が倒産していたことを知っている。
男が家族から捨てられ、一人となっていることを知っている。
それにも関わらず、優しく気にかけてくれる男に、できる限り償いたいと考えた。

「母さん、おばあちゃんの生命保険、俺の恩人に大半を渡したいんだけど、いいかな?俺を拾ってくれて、介護費用も出してくれた人が、今困っているんだ」
「いいさ。私一人が生きていく分のお金くらいはあるからね。生命保険は好きにしな」
母の貯金も多くないが、息子の真剣で、今にも泣きそうな顔を見て、あっさりと承諾した。

元社員は、祖母の生命保険金とともに、男に会いに行った。
その金額は、持ち出した金額の2倍はあった。これで男の借金も返せる。
そして男に謝罪し、申し出た。
「もしよかったら、もう一度一緒に働かせてください」

1年後、小さな会社は、また軌道にのった。
もともと社員二人で、ニッチな部分を支える小さな会社だったのだ。
元社員が2倍のお金とともに戻ってきたことで、女も考えを改めた。
きれいごとも、最後まで信じぬけば正しいのかもしれない、と。
そして、子どもと一緒に男のもとに帰ってきた。

幸せそうに笑いながら過ごす4人を見て、神様は満足そうに頷いた。
男の宝くじは当たらなかった。
だけど、願いはかなっただろう?
神様は、ちゃんと願いを聞いているんだよ、と。


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