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【短編小説】トンネル

右も左も何も見えない、真っ暗闇を歩いていた。
ふと、先のほうに小さな光が見えた。
どうやらここは長い長いトンネルのようだった。

私は光が見えたことに安心し、その方向へ進む。
徐々に光が強く、大きくなる。
「出口なんだ」
真っ暗闇を一人で歩いていた不安が消え、外に出られるという希望に変わる。

突然、その光が消えた。
あたりはふたたび、何も見えない真っ暗闇。

今度は左側に、さっきまではなかった光が見えた。
光が見えたことに安堵しつつ、先ほどと同様にいきなり消えないか不安を感じながら、光の方へ進む。

先ほどとは違い、今回の光は消えないようだ。
しかし、光が強くなることも、大きくなることもない。
他の出口はないかと首を左右に振ると、右側にまた光が見えた。

さっき消えた光だろうか。
光の大きさや強さは、はじめに見えたときと同じで、すごく小さい。

歩いても近づけない光に向かって進むべきか…
また消えるかもしれないが、近づける光に向かって進むべきか…

どちらにしようかと悩んでいると、静寂だった世界に音が聞こえた。
何の音かと判断するよりも先に、目が覚めた。

「今までのは夢だったのか」
目覚まし時計を止めながら、暗闇から抜けられたことに安心する。
しかし、なんとも的確に今の心情を表した夢だろうか。

有名大学を卒業して大手企業に就職。
世間一般に言えば順風満帆な人生、うらやまれる人生だろう。

しかし、そんな気持ちにもなれない。
ずっと「大手に就職できれば安泰」と言われて頑張ってきた。
大手に入るためには有名大学に、
有名大学に入るには進学校の高校に、
いい高校に入るためには、受験勉強もしっかりと。

ずっとそういわれて、友達と遊ぶこともなく、
みんながゲームを楽しんでいる中、一人勉強を続けて得た人生だ。

でも、大手に就職しても安泰ではなかった。
もはや年功序列制度は崩れており、頑張り続けるしかない。
立場が上がれば年収も上がるかもしれないが…
休日も働き、残業時間が多い上司を見ると、なりたいとも思えない。

学生時代は「大手企業に就職すれば安泰」という希望があった。
でも、今はそれがまやかしだったとわかる。
次に目指すべき方向はどこなのだろうか?

モヤモヤとした気持ちを抱えながら、身支度を始める。
着替えも面倒だし、メイクも面倒だ。
アップテンポの曲を流しながら、何とか完了する。

「本当に、トンネルの中にいるようだ」
夢から覚めて、周囲は明るいはずなのに、なぜか暗い感じがする。
出口のない、真っ暗闇のトンネル。
会社に行きたくない、という気持ちを抑えて、玄関に向かう。

と、その時、スマホに1通の通知が来た。
「今日の待ち合わせ、11時に○○駅だよね?
 だけど、もしよかったらここでモーニング食べない?
 仕事の癖で、つい早く起きちゃって(笑)」

「あれ?」と思い、カレンダーを確認すると、火曜日だけど祝日で休み。
友人と遊ぶ予定をだいぶ前から入れていたのだ。
最近仕事で疲れて、機械的に準備をしていたから気づかなかった。

今の時間は7時を少し過ぎたところ。
友人が送ってくれたお店までは30分くらいだから、準備しなおして8時半かな?
ざっと所要時間を頭の中で計算して、友人に連絡を返す。

「いいよ~。8時半にそこに行けばいいかな?
 私も早く起きちゃったし(笑)」
と返信をする。

ふと顔を上げると、さっきまで暗く感じていた玄関が明るくなったように感じる。
仕事用の服から、今日のイベントに合わせた服に着替えて、メイクも変える。

仕事の準備と考えていた時は鬱々としていたのに、今は楽しくて仕方ない。
それに、仕事を辞めるために、副業や投資に力を入れていたことも思い出した。

1年くらい積み立てている投資信託を見てみると、+5万円ほどになっている。
副業も、少しづつ案件がもらえているところだ。

人生が出口のない真っ暗なトンネルのように感じていたが、
少なくとも今この瞬間は、明るいトンネルの出口が見えているように感じる。

トンネルのどの出口が近いのかはわからない。
どの方向に進んだらいいかもわからない。
出口が消えることもあるが、別の出口が見つかることもある。

今まで、世間一般の「いいこと」に流されて生きて、出口の見えないトンネルに迷い込んでしまった。
だからこれからは、自分の軸をもって、歩いていこう。
まずはこの会社を辞めても、お金に困らない状態にするのが1歩目だ。

今日のこれからの楽しいことを考えると、気持ちも自然と上を向く。
朝早くから連絡してくれた友人に感謝しつつ、明るい玄関から今日の1歩を踏み出した。

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