超短編「俺の子守唄」

超短編「俺の子守唄」

◆「俺の子守唄」
まだ目がよく見えなかった頃、俺はいつも傍に温もりを感じる世界に居た。母親や兄弟の姿がよく見えるようになったと思ったら、いつの間にか、俺は1人取り残されていた。

空腹に耐え切れなくなった俺は、寝ぐらを抜け出すことにした。俺や兄弟と同じ姿の仲間には会わないまま、車の通る大通りに出た。
俺の寝床は、大きな車庫の屋根裏だった。だから車というヤツは知っていた。

広いコンビニの植込みで立ち止まり一啼きしてみた。気づいた小さな女の子が、スナック菓子をくれた。やけにしょっぱい味がしたが、空きっ腹に何でもいいから飢えをしのぐ物が欲しかった。
女の子は、俺を撫でると俺も頭でこすり返した。そのまま女の子に抱きかかえられると、大きな家の中に入った。女の子は鰹節を混ぜた白いごはんをくれた。ほんのり甘いご飯はさっきの塩辛い菓子より美味しかった。<br>
ほっとしたのもつかの間、眼鏡をかけた金切声の女が出てきて、なにやら只ならぬ不機嫌な声で女の子に言った。女の子は悲しそうな顔になった。
俺は一晩そのウチのふわふわした布団で寝たが、翌日また昨日のコンビニに戻された。

仕方ない。餌にあり付けるよううろつくことにした。人間のいそうな場所なら食べ物が落ちていそうだ。
コンビニの駐車場や公園で、媚びた啼き声をすると、食べ物をくれる人間がいることを知った。しかし中には、食べ物で俺たちを釣りながら、食べ始めるといきなり掴んで地面に叩きつけるとんでもないヤツもいた。
人を見てアブナイ奴には近寄らない警戒心も学んだ。世の中いいヤツばかりじゃない。

俺は南を目指して歩いた。一番眩しい太陽が見られる方向に明るい未来もありそうな気がしたのだ。

公園と連なる広い駅前広場に着いた。何やら音の鳴るものを振りながら踊る人間がいて、大勢の人間が見物していた。一通り終わると、踊る人間の前に置かれた鍋に、皆が何やら投げ込むのを見た。

太鼓の音が懐かしく響く。幸せな気分で寝ていた頃、母親の鼓動やのどを鳴らす音が、おれの子守唄だった。

浮かれ気分で、人間の歌に、俺のハーモニーを重ねてみた。
くるくるパーマの男が気後れせずに俺の啼き声を真似してきた。
俺も負けじと長く唸ってみた。
すると男も負けじと長く唸ってきた。
つい俺は、手が出てしまい、男を引っ掻いてしまった。
しかし、くるくるパーマの男は逃げなかった。しかも俺を殴ろうともせずに歌を歌い続けた。

拍手喝采が湧き上がった。
俺の目の前に、猫缶が転がってきた。

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