見出し画像

No. 22 英語教育とtranslingual ①【multilingualとの違い】

はじめに

前回の投稿では、identity カテゴリーをおさらいし、英語教育の中でどのようなidentityを養成していくべきなのかについて書きました。それはつまり、translingual identityである、と私の意見を書きました。

今回の投稿では、transligualとはなんなのかについて簡単にまとめます。特にmultilingualとの違いを明らかにしていきたいと思います。

translingualとは

translingualはmultilingualはよく似ているが、同じというわけではない」

これが前回の投稿で私が書いたひとまずの定義です。とても雑ですね笑

今回の投稿ではもう少しわかりやすくしていきたいと思います。

multilingualとは

そもそもmultilingualとはなんなのでしょうか。簡単に言えば、「複数の言語を使いこなせる人」ということになると思います(ちなみにbilingualもmultilingualに含んでいます)。こういった人々の言語使用によく見られるのはcode-switchingという現象です。これもまた簡単にまとめると、会話や文字のやり取りの際に、突然英語から日本語になるといった現象です。

code-switchingは言語の使用者が同じ言語を理解できるときに起きがちで、自然な現象である一方で、言語教育の文脈ではある意味ネガティブに見られる行為でもあります。たとえば英会話中に「えっと〜、わからないなあ。I think 〜 え〜わかりません!」といったように日本語で答えてしまうと、スピーキングの練習の機会を損なってしまいます。そういった理由からも、SLA(第二言語習得論)では、会話分析(Conversation Analysis: CA)などからcode-switchingが起きていることを確認し、たとえばfillers (つなぎことば: well, let me see など)を教える必要性があるといった議論がされていたりします。

まとめると、multilingualは「複数の言語に精通した人々のことで、しばしばcode-switchingをするが、それは言語習得の観点からはあまり肯定的に捉えられていない」ということになります。

translingualとは

ではtranslingualとはどのような人々のことなのでしょうか。基本的にmultilingualと似ていて、translingualも「複数の言語をレパートリーに持っている人々」のことになります。

「なんだ同じじゃないか」と思われた方、ここからが重要です。以下に箇条書きで記し、解説を書いていきます。

1. translingualは各言語の能力ではなく、各言語のレパートリーを行き来する行為に焦点を置く (Kiernan, 2019)

2. (複数の言語を使うことで)新しい文法や意味を創出することを重視する (Canagarajah, 2015)

3. (multilingualとは違って、)monolingualの集積ではない (Canagarajah, 2013)

4. translingualは各言語の相互作用でことばの学習が起きると考え、言葉の学習はいつまでも続くモノであるとみなし、最終的な到達点 (ultimate attainment)を想定しない (Canagarajah, 2015)

5. 各言語のスタンダードを学ぶことの否定ではなく、そのスタンダード自体が社会的に構築されているモノであり、イデオロギーを孕んだ思想であることに注意を払う (Canagarajah, 2013)

まず1・2に関してです。translingualの考え方では、言語使用者の持つ言語レパートリーにある各言語の能力差を意識しません。たとえば、日本語母語話者で英語の学習者がcode-switchingをしても、「英語ができないから日本語に頼った」というようにネガティブなものとしてみなしません。むしろ、その言語使用者や文脈特有の「意味創出のための行為」として肯定的に捉えようとします。自分の言語のレパートリー内で行き来し(=各言語 (language) 間の垣根を超え(=trans))て、新しい文法や意味を創出することを重視しているのです。

そして、上記1・2のようにtranslingualの考え方から見ると、multilingualはある意味言語使用者の言語レパートリーにある各言語を別個のものとしてみなし、その能力差に着目した見方ともいうことができます。たとえばある人は「日本語能力=100、英語能力=70」を持っている、というふうに考えているということですが、これはよく考えるとmonolingualの考え方に通じるものがあるともいえます。つまり、「monolingual(日本語能力100)+monolingual(英語能力70)+monolingual(中国語能力50)=3言語のmultilingual」というように、それぞれの一つ一つの言語能力を集積した結果がmultilingualという見方になっているのです。これが、上記リストの3で私が意味していたことです。

次に4に関してですが、translingualは言語レパートリーについてどのように考えるのかというと、各言語の相互作用によって「ことば」の学習は起きるものとし、母語=能力100というような完全な習得があるとはみなしません。確かにこれはリアルであると私は考えています。私は日本語母語者ですが、敬語や助詞などを完璧に理解していませんし、使いこなすことができません。また、英語学習を通じて日本語の特性を学ぶこともしばしばあります。このように、日本語も英語も相互作用をしあって学習が起きていき、一生続いていくのだろうなと考えています。

最後に、5に関してですが、これは少し思想的な面を含みます。ここまで書いてきたことをまとめると、translingualの思想では「英語学習中に日本語を使ってもいいし、「新しい文法」という名のもとで「標準」とされる文法を無視してもいい」というふうに考えることもできます。しかし、もちろんそのようなことではありません。translingualの考え方では、もちろん「標準」とされる文法や表現も学びますが、焦点がそれの獲得(=完璧を目指す)にあるわけではないのです。何を重視するのかというと、むしろその「標準」とされるものが適切なのかを再考したり、それがイデオロギーに満ちた考え方なのではないかと疑いの目を持つことです。

たとえば、いまだに日本では「英語ネイティブ(特に白人系欧米人)」への過度な信頼や憧れがあると思います。それはしばしば、英会話教室の宣伝などに現れています(「ネイティブによる個別指導」などといった謳い文句と白人系の人の写真を見かけたことはないでしょうか?)。translingualでは、translingualな言語使用(translanguaging)を通じて、そういった固定観念に疑問を投げかけていこうとしているのです。「標準」とされる文法や表現を否定することではありません。

おわりに

今回の投稿では、translingualとはどういったものか、主にmultilingualとの違いから解説しました。

もちろんこのtranslingualの考え方が100%正しいというわけではないですし、これが受け入れられていくのは難しいことであるとも思っています。

ただ、このtranslingualという考え方は、英語学習者・教育者双方に大きなメリットがあると考えています(このことについては次回以降に詳しく書いていきます)。

なにより、translingualについて私が思うことは、「とても自然なことばの使用」だということです。上記の私の例のように、各言語は相互作用をしながら「ことば」の運用能力を高め合っていきますし、「ことば」の学習は終わりのないプロセスなのだということも理解できると思います。また、本来言葉の使用はもっと「自由」であるべきだ、ということをtranslingualという考え方は私たちに教えてくれていると思います。日常生活で「この言語を使いなさい」といわれることはないですよね?(だからこそ、この投稿にある大坂なおみ選手の例は不自然なのですが)また、適当に外国語由来の言葉も取り入れながら自分たちなりの「意味」を創出し、ことばのやりとりを私たちは楽しんでいますよね?そういった喜びをもたらしてくれるのが、このtranslingualという考え方なのではないかと私は信じています。

長くなりましたが、translingualという考え方をより多くの人に理解してもらいたいと私は考えています。その問題点や、よくない使用法も含めて、いろいろと議論していけたらなと思います。

PS.

translingualについて学びたければ、Canagarajah先生の本はmustです!(大学院で指導していただきたかった。。。)簡単ではないですが、ぜひ読んでみてください。

参考文献

Canagarajah, S. (2013). Translingual practice: Global Englishes and cosmopolitan relations. Routledge.

Canagarajah, S. (2015). Clarifying the relationship between translingual practice and L2 writing: Addressing learner identities. Applied Linguistics Review, 6(4), 415-440. https://doi.org/10.1515/applirev-2015-0020

Kiernan, P. (2019). Learner narratives of translingual identities: A multimodal approach to exploring language learning histories. https://doi.org/10.1007/978-3-319-95438-7

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?