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『コンビニ人間』を読んで、ASDの父のことを考える

先日ADHDだって診断を受けた。

自分からADHDに関する本を病院に持って行ってからの診断だったので、診断された日はそこまでショックではなかった。
(薬が効くようになってから症状を自覚して凹んだけど)

改めて考えると遺伝的に納得せざるを得ないなって思った。

父はASD受動型+ADHDだし、母は未診断だけどグレーのADHDだ。

母の親戚にはASD診断済が2人居るし、私的にグレーだろうなって人が他に3人いる。母方のおばあちゃんも含めて。
父の兄と父方のおじいちゃんはASD尊大型っぽい。
父が診断されてるんだから、どっちかはきっと引っかかるんじゃないかな、知らんけど。

こんなの遺伝やな、しゃーない。
ガンとか高血圧と同様にある程度は遺伝があるに決まっている。

それでも、母方のおばあちゃんに比べたら私はまだ苦しんでいない気がする。
多分気になることや困難があった時にネットで調べられたし、調べた結果専門書を読むことができたからだと思う。
情報が沢山ある現代に生まれて良かった。切実に。

さて、本題に入るんだけど、『コンビニ人間』を読んだ。
ASDっぽい主人公の話ということで、メンタル強くなったら読もうと思ってて、ようやく読めた。

いや〜考えさせられた。
父がね、そういう人だからね、読んでる間は主人公の妹の目線で見てしまった。
私は父のことをずっと「宇宙人」だって思ってた。

自分のメンタルがブレないように、軽めの思い出話を書くと、
私は聴覚過敏が酷くて、父の大きなくしゃみがとっても苦手だった。
花粉症らしく春と秋は特にうるさいのに、朝薬を飲むという簡単なことすら忘れてしまうらしい。


何度もくしゃみを繰り返されると耳がぐわんぐわんするから、私は「嫌だから小さくくしゃみをして欲しい」と伝えるんだけど、「生理現象なのに何が悪いんだ!」と怒鳴り始める父。
自分に火の粉が飛ばないように、存在感を消す母。
さらに耳が大変なことになって、怒鳴られたショックもあって、泣きじゃくる小学生の私。
タバコを吸いにどこかに行く父。
まだ存在感を消してる母。

これを5回はやったことがある。

でも中学生になって、私は脳みそが発達して「こいつには感情で言っても無駄だな」と思うようになった。
なので「突発的な大きな音が苦手です。花火の音とか地下鉄の音も苦手でイヤホンを使っています。同様に辛くて体調が悪くなるので気遣いしてくれませんか」と左脳のみを使って伝えてみた。

そうしたら一生懸命息を止めるようになって、前よりマシになった。
中学以降は社畜レベルが下がったらしく、多少は怒りっぽくなくなったのもあるけども。
これでライフハックを得た私は、家では右脳を極力使わないように、感情的にならないように頑張って生きてきた。

『コンビニ人間』よりは全然エピソード弱いけども、他人の感情が分からない・想像できないっていう点では近しいのかなって。
『コンビニ人間』のエピソードで、小鳥の死骸を見て主人公が「焼き鳥にしよう」って言って、周囲がドン引きする描写があった。
『コンビニ人間』の主人公と同様に、きっと父も小鳥の死骸があっても悲しがれない人だ。

父は誰か知り合いが死んだとか病気になったっていう「悲しい」話を聞くと、いっつも同じ顔をした。
東日本大震災の時もそうだし、私がパニック障害で不安になってる時もだ。
眉をひそめて、顔全体を頬の筋肉を使って上に上げる。
まりもっこりみたいな目をして。
それが正解だと本人は思ってるみたいけど、8歳の時には私はわかっていた。
これは偽物だって。

『コンビニ人間』で、主人公が色々な人の話し方を真似する描写が多いんだけど、きっとそれと同じじゃない?きっと本当はそんなこと思ってない。擬態してる。

地元の進学校を出て、一留大学理科大を出て、誰もが知ってる大企業のサラリーマン。
出世争いも勝ち抜いていたらしい。
若い頃はジャニーズみたいな顔してて、外では穏やかそうな人当たりの良い人。
母方の親戚からの受けはめちゃくちゃ良かった。

でも、彼も擬態してたんだろうな。

父方のおばあちゃんは、悲しい顔をすることで他人をコントロールしようとする、精神的に未熟な人だった。
そんな中で長男がグレて、彼は次男だったから、より献身的で人当たりの良い男を演じる必要があったのかもしれないけども。

でも擬態を頑張ってたとしても、だからって家でストレスを家族にぶつける理由にはならない。
毎週末、娘や妻を怒鳴りつけたり、モラハラする理由にはならない。


でもASD傾向があると深い対人関係を築くのってより難しいのかな。
大抵の人にとっても難しいんだけど、尚更。

擬態だと浅い関係で終わってしまう。
でも家族とか恋人とかって、浅い関係な訳なくて。
だから家族の中では擬態し続けられないから、いずれ破綻してしまってもおかしくない。
大変だよね。
だからって父のことを許そうとは別に思わないんだけども。

父から自分に話を戻す。
自分が発達障害だと分かった今、自分がストレスを溜めやすいことは自覚している。
結局社会に馴染むのに大抵の人よりハンデがあるから病気として認定されているのだろう。
そりゃストレスが溜まりやすい。

更に私は10代の頃、さっきも書いたように右脳を抑制しすぎてしまった。
そのせいで感情を抑圧する癖が抜けきらない。
ネガティブな感情をその場で認識するのが下手くそなところがある。

だからこそ、マインドフルネスして意識化することが大事だなって思うし、
その意識化された物をこうやって言語化したり、カウンセリングで心理士の人に言葉にして伝えることも大事だなって思う。

とにかく父みたくなりたくない。
同様に母みたくもなりたくない。

私は、自分のことをコントロールできる人たちを大切にして、
自分のことをコントロールできる私として生きていきたい。

って全然『コンビニ人間』の話してないや。
以上、ただの自分語りでした。笑

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