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小説 フィリピン“日本兵探し” (11)

ジャングルに入るときに、一行は、自警団のサミエルが声を掛けていた若者と合流した。パオパオという名の17歳ぐらいに見える小柄な若者だ。身なりは1枚羽織っただけの汚れたシャツと白い短パン。履物は履かず、裸足だった。ジャングルの凸凹とした道も慣れた感じで足早に進んでいく。

日は遮られているが、むっとする蒸し暑さは厳しい。ジャングルを進む途中、元兵長が突然叫んだ。「小隊長殿、自分はもう歩けません。自分をここに捨て置いて、先へ進んでください!」
冗談ではなく、真剣な表情で本気で頼んでいる様子だった。
その時、パオパオが素早く、背の高い木の方向へ走り、大きな三日月のような形をした刃物を木の上へ上へと引っ掛けながら、どんどん上へと昇って行った。ヤシの木だった。パオパオはヤシの実を1つ切り落とし、自らもスルスルと下へ降りてきた。そこからが早い。別の刃物で上の方を切って、ヤシの実に飲み口を作り、元兵長に差し出した。元兵長は、そのヤシの実のジュースを一気に飲む。すると、まず上がっていた息が収まり、元兵長は、疲れがスッと消えていくのを感じた。
「これじゃこれ!昔も飲んだんですよ!」
「そんなに、すぐに良くなるとですか?」とマサが尋ねる。
「全然、疲れがなくなって、元気になりました」と元兵長が答えた。

そのパオパオが先導する形で、一行は小川を登り、高さ10メートル、幅15メートルほどの滝がある水辺にたどり着いた。滝の水が滝つぼに落ちると宝石のように、水しぶきがはねて光の反射で輝いた。ジャングルの中の幽玄な光景とはまさにこのことだろう。だが周りを見渡しても、それらしき洞窟はない。範囲を広げて探せば見つけることができるのか、マサたちが思いあぐねていた時だった。

ダッダッダッダッダッと、複数の自動小銃を連射する発砲音がジャングル中に響き渡り、水辺にいくつもの水しぶきが上がった。

「敵は3人!前方の崖の上、滝の左側」、元小隊長が叫ぶ。サミエルたちが下からピストルで応戦するが、銃の威力が違い過ぎ、反撃の糸口を見つけることができない。その時だった。

「ワァーッ」と大声を出し、滝つぼへ落ちていく共産ゲリラの兵士2人。残りの1人は、自動小銃をその場に落として、そのまま逃走した。

サミエルたちの、ピストルによる応戦に気を取られていた共産ゲリラたちは背後の動きに気が付かなかった。背後を取ったのは、元兵長とアキラだった。2人は木でさすまたを作って、まず後ろから兵士2人を滝つぼへ突き落とした。その後、アキラが自分のピストルで残り1人を撃ち、右腕に被弾した兵士は自動小銃を落としたまま逃走したのだった。彼らはジュンの手下だろうとマサは直感的に思った。

滝つぼに落ちて気を失っている2人の兵士から、自動小銃を奪って、一行は滝の周辺にあるとされる洞窟を探した。自動小銃は元兵長とアキラとサミエルが使うことにした。

1時間余り、滝の左右の崖の上や奥、一行が来た道とは反対の方向の暗がりなどをくまなく調査したが、洞窟は見つからなかった。

パオパオは、この付近には、日本兵のような不審者はこれまで確認されていないと申し訳なさそうに、サミエルに伝えた。

確かに、人が近くに住んでいるのであれば、水辺に手作りにせよ食器類や食料の余りなどが残されているはずだろう。一行はいったんその場をあきらめ、反対側の道を抜け、草原に出た。遠くには畑や農家の藁葺きの家が見える。
「とりあえず、あの家まで行って、日本兵のような人の情報がないか聞いてみよう」とマサが全員に声を掛けた。

サミエルたちは、共産ゲリラを倒した後から、ずっと金属探知機を作動させて、周辺に反応がないか探していた。逆に金属反応があった場所に洞窟があるかもしれない。もしかしたら財宝も。
「まさかな」、タカシはサミエルたちの財宝探しには関心を見せず、マサの「民家に行こう」という声掛けに従った。

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