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夕べの夢


「ねえ、見送ってよ。そこの窓からさ」
あなたは、少し甘えたような声で
私に抱きついて言った
私は彼の身体を押し戻してから、
彼を見つめた

(行くって、こんな夜中にどこへ?
ああ、会社なのね。ネクタイしているもの)

「ねえ、抱いてよ。もう行くからさ」
彼は私の背中をギュッと抱いた
そんな風に言われたのも、
抱きしめられたのも、
いつぶりだっけ

私は宙ぶらりんだった腕を
彼の背中へ回したら、
この人、こんなに痩せてた?
私よりも背が低かった?
でも、顔は間違いなく
あなたなのだ、と思った
「ねえ、抱いてよ」
あなたは、聞き分けのない
子どもみたいに私を放そうとしなかった

私はあなたから離れようとしたけど、
いま、あなたから離れたら、
二度と会えないのではないか
そう、もうひとりの私がささやいた

「ママ、どこ?」
どこからか、るあの声がした
「ダメよ、るあが私を探してる
もう、行って」
私は彼の身体を突き放した
窓からは彼を見送らなかった
窓から見送ったら
もう二度と会えない
そんな気がしたから

「ママー、もう、こんなところにいたの?」
「ゴメン、ママ、もう行かなきゃ」  
「行くって、何処へ?」
「わからない、でも、るあは、これからこの家で会議なのよね」
「そうよ。もう夜の9時なのに、誰も来ないじゃないの!」 
「そのうち、集まるわよ」
「ママ、ひとりにしないでよ」
「なに、言ってるの。
「人は、いつか、ひとりになるものよ。
じゃあね、もう行かなきゃ」

私は玄関のドアを閉めた
振り返ると
夜空には月明かり
窓に、るあの姿はなかった
(それでいいのよ
いつか、また、会えるかな?
それとも…)

私のゆく道を照らす月明かりは
優しくも冷たくもなかった
月は月として、ただ、
そこにあるだけだった 

私はお月様に手を振った
するとお月様は
不思議なことに
何処までも私に
付いてくるのだった
腕を空へ伸ばすと
その光りはすぐ
私のそばまで
届きそうだった
届きそうだった

中秋の名月、光りが腕まで届きそうだった


#夕べの夢
#中秋の名月
#旅立ち
#詩のようなもの




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