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#1 ある夏の暑い日。喫茶店で。

「夏が好きなやつは、バカしかいないよ」
灼熱の中、ようやく見つけた喫茶店で、アイスコーヒーをポカリのようにガブガブと飲む彼はそう言った。

目の前の抹茶金時にザクザクとスプーンをさしながら、彼女は尋ねた。
「どうしてそう思うの?」

彼は答えた。
「ただでさえ暑くて体力奪われるのに、この季節じゃないとできないからと自らを奮い立てて、海とかバーベキューとかフェスとか楽しもうするんだぜ。バカでしかないだろ」

彼女は再び尋ねた。
「じゃあスノボーが好きな冬好きは?」

グラスから氷を1つ取り、ガリガリと噛みながら彼は答えた。
「そういうやつもバカだね。寒い中、わざわざ山に登って降りてくるだけだから」

「桜が好きな春好きとサツマイモが好きな秋好きは?」
彼女は三度彼に問う。

待ってましたと言わんばかりに、流暢に彼は答えた。
「そいつは桜が好きなんじゃないよ。花見で飲むのが好きなんだよ。ただ盛り上がりたいだけのバカ。サツマイモなんかは年中食べられるのに、それを理由に秋が好きなんて言うやつもバカ。あと、そういうやつらは『涼しくて過ごしやすいから好き』って言うんだろ。人生で何人から何回聞いたことか。没個性のバカだね」

彼の世界にはバカしかいないんだなと、彼女は思った。
そして抹茶金時のかき氷を一口頬張り、微笑みこう言った。
「私たち、別れよっか」
口の中で溶ける抹茶金時は、今年も確かに美味しかった。


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