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性格が悪かった頃の話

心が腐っていた時期がある。

「革製品とか動物が可哀想」とか言ってる人がダウンジャケットを着ていると、おいおい鳥類の羽はいいのか!私この人苦手かもしれない、という嫌悪感をどうにかしてグッと堪えた。

「化学調味料とか無理なの」とか言ってる人が真っ青な食器用洗剤を使うことに抵抗がないことに疑問を覚えた。21世紀を生きる人は化学品を避けて通れないのに。


しかしながら、私はある日、気づいてしまう。
私は他人に一貫性を求めることで、自分に最も厳しい一貫性を求めていた。


一貫性のないことがあまり好きではなかったのは、当時の好きな人に「一貫性がないね」って言われていたからだ。
一貫していることに憧れていたのは、一貫している事が何か「私にはこれがある」という証明をしているような気もして、私の目に美しくうつっていた。一方で、最近気づいたことだが「一見、一貫性のなさそうなものの中に、とても強い信念を持っている人」がいて、そうゆう人々も魅力的で、むしろこちらの特性を持つ方々の方が、私のなりたい姿に近しい。





もう、本当に一貫していない。
これからも一貫しないと思う。

あまりに一貫って言いすぎて、お寿司が食べたくなりました。


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