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「男性性」ってなんだろうなっていうのはずっと関心があることなんだよね

愛読している若林恵さんのニュースレター『週間だえん問答』の形式をお借りして、架空の対談方式で、最近考えていること、触れたコンテンツについて書いてみることにしました。

ー確か7連休だったよね。羨ましい。いかがお過ごしですか。

相変わらず本を読んでますね。この前、蔵前の『Readin' Writin' BOOK STORE』でまた3冊も買いこんでたでしょ。あのうち2冊読んだ。

ーなんかジェンダーの本だったっけ。

そうだね。『BOYS 男の子はなぜ「男らしく」育つのか』と「男らしさ」はつらいよ』の2冊だね。

ー好きだよねえ。

まあそうだね(笑)#MeTooやトランプ当選以降、フェミニズムという概念を自分なりに学んできたつもりで、自分はフェミニストだ、と思うようになったんだけど、いつもフェミニズムへの関心の隣に「男性性」みたいなものへの興味がずっとあって。日本でもtoxic masculinityっていう言葉は少しずつ知られるようになってきていると思うんだけど、toxicっていう言葉が冠についているから、男性性すなわち毒になるもの、みたいに短絡的に受け止められることもある気がしていて。昔読んだ二村ヒトシさんの『すべてはモテるためである』でも、男らしさと女らしさの再定義を試みていた記憶があるけど、男性性・男らしさってなんだろう・・っていうのはずっと思っていたんだよね。

それに、だいたいフェミニストが何かに意見したり批判したりすると、「男だって辛いんだ」言説は必ず出回るじゃない?この間の小田急の事件でも、「フェミサイドだ」っていう声に対して「無差別殺人では女ではなくむしろ男が殺されています」みたいな論を展開する人もいたりして。フェミニスト側が議論の俎上にあげたいポイントは「殺されるのは男か、女か」というトレードオフの関係ではないはずなんだけどね。

そこで「男も辛いんだ」と言いたくなるマインドの根源にあるものはなんなんだろう。男の辛さっていうのはなんなんだろう。っていう疑問がずっとあるんだよね。

ーなるほどね。「男も殺されます」っていうのは、子供が殺されたときに「大人も殺されます」って言うようなものだよね・・

うん。前にわたしとあなたが痴漢の問題を議論したとき、あなたは「でも痴漢冤罪の問題だってある」って言ってわたしを怒らせたでしょ(笑)

ーそうでした。「論点はそこじゃないし、そういうこと言われると神経を逆撫でされる」って言ってキレてたね。

わたしも脊髄反射的に言っちゃったなと思ってたけど。

ー「この問題で対決すべき相手がいるとしたら、痴漢そのものじゃん。なくすべきは痴漢だよね」と言われて、納得した。

そうだね。わたしもあのときは、なぜあなたのように、日頃は女性にフラットに接する偏見のない人がこんなことを言うんだろう、って思ってちょっとショックだったというか、感情的になっちゃったんだよね。でも、これが日本の現実なのかもしれない、と思ったの。「男性は別に優遇されてもいないし、なんなら割を食ってる。女性にだって責めを負うべき人間はいる。」っていうもやもやとしたフェミニズムへの反感や厭気のような感情が、普通に、それなりに満足できる生活水準で暮らしている会社員男性に宿っていて、それがマジョリティである可能性がある、って。

わたしはあなたといると、自分がかなりプログレッシブで、米国や英国のミレニアルの左派とか、プログレッシブと同化した感覚を持っていて、そしてそれは特殊なことなんだ、と気付かされるよ。

ーそうかもね。森喜朗の発言が問題になったときも、あなたは「当たり前にありえないでしょ」っていう反応をしてたけど、僕は「世の中の変化が速すぎて、こういうことがありえないということに気づいていない人、ついていけていない人が大半だと思うよ」と言ったよね。

そうだね。つい「でももうそんな価値観、完全に古いじゃん」って叫びたくなるのをこらえて、「そうだね」って返事した(笑)

ー納得していないときは顔にでているからね。

はい。おっしゃるとおりです。

ーそんなこんなで、「男性性」に関心があったと。

そう。あなたと付き合いはじめてから、より、そう思うようになった。わたしのような、勝ち気でキャリアも学歴もある女が、そのことを引け目に感じることなく会話できる初めての人があなただったから、あなたは女性に偏見がない人だ、女性・男性というジェンダーによって期待される社会役割にとらわれない人だ、と思ったし、当たり前に、gender equalityに関して、わたしに完全同意してくれると思いこんでいたの。

ーでもそうじゃなかった。

そうだね。そのことにいい意味で目を開かされた。

共に働く女性や、目の前の恋人や妻に対して「女性の役割」というバイアスがあまりかかっていない人でも、マクロで見たときの「男女平等」言説に疑問が残る人はいるだろう、ということ。多くの人が「フェミニズム」と聞いたときに想起するそれはツイフェミに見られるような糾弾姿勢であり、男性か女性か、というトレードオフ構造の主張に見えている、ということ。それに、表向き、ジェンダーバイアスにとらわれてなさそうに見える人でも、完全にジェンダーステレオタイプからフリーでいる、ということは現実に難しいことである、ということ。といったことを認識した。わたし自身も、自分に長らく「女らしさ」の呪いみたいなものをかけていたわけだし。

ーステレオタイプ、ね。まあでも、よく聞く話としては、小さいときからやっぱり男の子のほうがたくさん走り回って大変、みたいな話はあるよね。

そうだよね。そのへんは、本当にその「男女の違い」は生物学的な違いなのか?っていう視点で、『BOYS 男の子はなぜ「男らしく」育つのか』で1章割いて解説されていた。(2章:本当に「生まれつき」?ジェンダーと性別の科学を考える)

妊娠中に子供の性別を気にする行為から、すでにジェンダーステレオタイプの刷り込みは始まっている・・っていう話から始まり、幼児のときから子供たちがいかに「男の子はこう、女の子はこう」っていう情報を浴びているかということが、FACTベースで紹介されていたよ。

本当はただ、「走り回る男の子もいるけど、走り回る女の子もいる。」っていうことかもしれないな、と思う。

ー男の子だから走り回る、っていう因果ではないっていうことかな。

この著者が言いたいことはそういうことだろうね。

走り回ったり車のおもちゃで遊んだりしている男の子を見て、大人たちが「やっぱり男の子だね」と言い続けていることが、少なからず男の子たち自身の「男の子らしさ」観に影響を与える、と言っているんだと思う。男の子自身が、「男の子は人形で遊んだりしない」とか「男の子は暴れるものだ」とか思うようになり、内面化し、自己成就するようになる。そして、ホモソーシャル、っていう言葉がよく使われるけど、その「男らしさ」のコードに従わない人を排除する集団論理は、かなり早い段階で働き始めるということなんだと思う。「女みたい」「ゲイっぽい」というような言葉とともにね。

ーなるほどね。#LikeAGirlのキャンペーンを思い出した。

そうだね。LizzoにもLike A Girlっていう曲がある。大好き。

わたしたちが認識している以上に、小さい頃から無意識に近いかたちでジェンダーステレオタイプが刷り込まれるっていうことは、個人的には、その通りだなと思った。

ーそのことでネガティブな影響を受ける人ってそんなに多いのかな。

うーん。そうだね。それこそもう1冊の『「男らしさ」はつらいよ』は、英国の著名なコメディアンである著者の半生の自叙伝を、著者が囚われたり、苦しんだりしてきた「男らしいとはこういうこと」というステレオタイプと関連付けながら語っている本だね。各章に、典型的な「男らしさ」のステレオタイプの名前がつけられている。例えば「男は勇敢であれ」とか、「男は男と恋に落ちたりしない」とか。

そこまで「ジェンダー本」って感じではなくて、結構、自伝的要素の強い作品でもあるから、読みやすい気はする。

父親、という「男らしさ」の権化のような存在から受けた影響や、思春期に抱いた「女っぽい」「ゲイっぽい」と男の子グループから排斥されてしまうことへの恐怖、男らしく振る舞わなければならない同調圧力、といったことが、著者自身の体験を通して語られている感じ。

ーなんかその人は、けっこう人目を気にして生きているんだなって感じだね。

うーん、まあそうかもね。自意識過剰な感じはすごくしたし、著者自身も自覚してるんだろうなとは思った(笑)でもまあ、そのこじらせた感じが彼のコメディセンスに昇華されているんだろうね。

そして必ずしも、自意識をこじらせているのは彼だけではないと思う。たいていのティーン・エイジャーが通る道だし、そうであれば、人格形成に影響を与えるのは必然だと思うんだよね。

あなたの場合、わかりやすい「男らしさ」に対して冷めた目線を持つ、というスタンスを持ったティーンだったと思うけど、それはそれでステレオタイプへの反応の一つなんじゃないかな。大学生のとき、体育会系とか、DJとか、「モテ」る「リア充」たちが嫌いだったって言ってたでしょ。「モテ」「非モテ」というのも、ジェンダーステレオタイプに起因する括りだと思うんだけど。

ーたしかにそうかもね。「童貞こじらせて」みたいな言い方も、ステレオタイプの影響の一つなのかもね。しかし、当時は冷めた目で見てたけど、今となっては、体育会出身の人ってまっすぐでいいなあと思うけどね、僕と違って。

ひねくれてなくてね(笑)まあでも、体育会出身の人がひねくれてないっていうのも別のステレオタイプだな(笑)

ーそれもそうか。

まあ、あなたがよく言うように「そういう人もいるし、そうじゃない人もいる」ってことなんだと思う。ステレオタイプの罠にはまらない、冷静なものの見方だなと思うよ。

ーたしかに、よく言ってるかも。

でしょ?一面的・画一的なもの言いを嫌うところ、あるじゃない。それは、すごく有益なものの見方だと思うけどな。

ーなるほどね。それはよかった。

そろそろ出かける?雨降ってるっぽいね。傘持っていく?

ーそうだね。小雨っぽいし、これくらいなら傘なくても大丈夫かな。

さすが。「男らしい」ね。

ーそうでしょ(笑)

紹介した書籍『BOYS 男の子はなぜ「男らしく」育つのか』は下記、DU BOOKSさんのnoteアカウントでも紹介されています。


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