見出し画像

読書について

僕にとって読書はかけがえのないものだ。幼少期の頃から大好きだった本を順を追って思い出してみようと思う。お金がかからず、家にいながらいろんな物語を体験でき、ときには旅行した気分になったり時には胸が張り裂けるような苦くて苦しい思いになれる読書が、僕は大好きだ。

読書との出会いは幼稚園の頃だった。当時絵本が大好きだった僕は母親にいろんな本を読んでくれとせがみ、同じ本を何回も何回も読み聞かせてもらった。『はらぺこあおむし』や『ぐりとぐら』などは何百回読み返したか分からない。物語の展開や絵の可愛らしさに釘付けになり幼稚園時代の癒しの時間だった。
小学校低学年の頃は『かいけつゾロリ』にのめりこみ新刊が出たらすぐさま図書館に行って読んでいた。同時期にアニメが始まり日曜日の朝が楽しみで仕方がなかったのを覚えている。高学年になってからは『ミッケ』や『ウォーリーを探せ』が学校中で流行った。何年何組のあいつが今もっているからそいつが図書館に行くタイミングで一緒に図書館に行き、返却したと同時に借りよう!と友達と作戦を立てたのを覚えている。勉強では国語の授業が好きだった(得意ではなかった)。どれくらい好きだったかと言うと、学年が上がり新しい国語の教科書をもらったら、まず物語を探してすぐさま夢中になって読むほどだ。『大造じいさんとガン』や『ごんぎつね』『少年の日の思い出』は特に印象に残っており今でも当時の先生の授業を思い出すこともある。
中学生になって小説に出会った。クラスでは山田悠介が人気で『リアル鬼ごっこ』や『ドアD』『親指さがし』などを読んでいた。山田悠介の個人的に好きな本は『スイッチを押すとき』だ。本章の最後の1ページを読んだ時のモヤモヤ感とエピローグで語られる真実は全身に鳥肌が立った。僕の小説人生で初めて2回読み返した本が『スイッチを押すとき』だった。
高校生の頃に僕の読書の波がさらに加速し始め、休み時間のみならず授業中にも小説を読むようになった。先生の話を耳で聴きながら、目で小説を追うという技術を身に付け、急に質問されても焦らない程度には準備ができたほどだ。近くの席の人からは変な目で見られていたが、あまり気にならずに小説に没頭するほどだった。美術の時間は格好の読書日和で早々に自分の絵を描き終え(美術は大の苦手だった)机の下でこっそり読んでいた。太っちょの気の優しい先生だったが、何回か注意されてからは徐々に激しめに怒ってきたのでごめんなさいと言う気持ちで美術の時間に本を読むのはやめることにした(最初からやめろ)。
社会人になってからも相変わらずだ。時間のあるときは3,4時間ぶっ続けで本の世界にいることもある。僕の中で小説は1ページ目を読み始めてから最後のページを読み終えるまで時間を空けたくないという気持ちがある。読み始めてからの時間が長くなればなるほどストーリーの楽しさ面白さの密度が低くなると思ってしまうからだ。なので仕事中も運動している時も常に頭のどこかには今読んでいる小説がある。

小説の読み方や全体の印象、心に残った場面や引っかかりのある言葉は、千差万別十人十色だ。同じ本を読んでも感想が真逆だったりすることや、1回目と2回目読んだときに自分の中に落ちてくる言葉が違うことがあるのも面白さの1つである。
僕は本を読む人が好きだ。これからも周りの人に本の面白さを知ってもらったりお勧めの小説を教えあったりしていき、読書ライフを充実したものとしていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?