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マーリンの魔術と円卓の騎士、そして英雄。~『秘密の古代ギリシャ、あるいは古代魔術史』読書感想文~


 待望の藤村シシンさんの魔術書である。

 藤村シシンさんはめっちゃ面白い古代ギリシャ研究家の方である。

 わたしは時間感覚が適当な人間なのでいつのことだか覚えてないのだが、だいぶ前にどこかの大学の先生がブログで「こんな切り口でギリシャ神話を紹介できるのは私にはちょっと真似できない」という感じでシシンさんのHPを紹介されていた。
 それはそれは美しいアポロン神がそこにはいた。

 最も印象的だったのは、叙事詩『イリアス』のワンシーン、光輝くアポロン神に挑む英雄ディオメデスの絵(シシンさん画)である。

「アポロン神、美……尊……✨✨しかし、この神に立ち向かう英雄というものがいるのか!!」

 そのときから、シシンさんの漫画だとかイベントだとかを楽しませていただいている(ちなみにその後『イリアス』は読破した)。

 ちなみにシシンさんを知った頃はギリシャ神話を追っかけていたのだが、その後私はアーサー王物語にハマった。

 時は中世、場所はヨーロッパのブリテン島。光り輝く剣エクスカリバーを抜いたので有名なアーサー王の物語である。

 なぜハマったのかというと、アーサー王の騎士達が「あえて自分から危険な冒険を求めて突っ込んでいく」冒険野郎たちだったからだ。
 その騎士達のぶっとんだ行動はフィリップ・メナールによれば「神々によって全てが予め決定されている決定論的思考に抗って、人間の自由と自立を求める中世的精神の能動性に対応するもの」(※注1)だという。
 つまり、神々の決定に人間が喧嘩を売っているのだ。神々の決めた運命を、自分の意志で切り裂いて進む騎士達。めちゃくちゃかっこいい!!
 そうして私はアーサー王物語にずぶずぶハマっていった。 

 それはさて置き、シシンさんの新刊である。
『秘密の古代ギリシャ、あるいは古代魔術史』
 要は魔導書である。

 シシンさんはいろんな魔術の使い方を、エンタメ的な魅力満載で紹介されていく。
 泥臭く人を呪う「呪術」、そのカウンターである「闇の魔術に対する防衛術」、「恋愛魔術」、「死霊魔術」……

 のんびりと「相変わらずシシンさんは語り口が最高に面白いな……」と思っていた。ただ、どこか他人事を眺めているという気分だった。
 私はむかし、魔女に憧れてハーブやらアロマやらに手を出した人間である。しかし、「化学式がわからん」「手先の器用さがあまりにも欠如している」ということから諦めた。そして吟遊詩人に全振りした。
 魔術はかつて私が捨てたものなのだ。他人事なのだ。だから外側から見守るだけなのだ。ちょっぴり、憧れながら。
 それにしても、各章の最後にコラム的に添えてある魔術師のバリーナース伝説が滅法面白い。バリーナースは中学2年生がなりたい魔術師を煮凝りにしたらこんな感じであろう、というようなキラッキラの魔術師である。
「バリーナース、(吟遊詩人として)語ってみてもいいかも✨」と、魔術師バリーナースの魁傑ぶりに手を引かれながら、読み進めた。

 そしてたどり着いたのが「天体魔術」である。
 どうやら天文学と占星術の知識を使って天体に干渉し、操作する魔術らしい。

 操作。なにやら嫌な言葉である。
 昔々、『ラーマーヤナ』の舞踊劇を見た時、悪の権化が持つ欲望の一つで「人を操りたい欲」が紹介されていた。それを正義のラーマが討つのである。
 「操りたい」というのはなんとも恐ろしいものだと思った。なぜそんな恐ろしいものがあるんだろう嫌だな、と思った。私はそういうことをしないでおこう、と思った。

 話は「天体魔術」に戻る。
 天文学者や占星術師が見ていたのは黄道。よく黄道十二宮とか言われているあの黄道である。その黄道を観察し、天の意向を読み取るのだ。
 しかし魔術師がやりたいのは操作である。観察はただの前段階。本命は操作だ。

「黄道を回転させているのは誰なのか?」
 魔術師はそれを考えた。
 そしてそれを突き止めた。

 それは………
 天極の「くま座(おおぐま座)」である!!

 私の心がピクリと動いた。
 天極は。おおぐま座は。
 アーサー王だ!

 すこしばかり、アーサー王の話へ行こう。

 アーサーという名の意味はケルト語のartos viros「熊男」に由来するだとか、アイルランド語のart「熊」や「石」に関連するだとか言われている(※注2)。
 そして「熊の属性をそなえたアーサーは、空を眺めて方角を確かめるために使われる大熊座と同じく、北極に関係した人物であるといえる。」(※注3)。
 アーサーは北極の星座として、己の支配する世界の中心軸なのだ。そして円卓の騎士達は決められた時期に、中心たるアーサーの周囲に集まってくるのである。

 天体魔術に戻ろう。

 魔術師は、黄道を回転させている天を支配する大熊座こと「くま」に呪文で呼びかけ、操る魔術を使う。
 もっと正確にいうなら、「くま」自体は天球を動かす道具にすぎず、動かすのは宇宙の最高支配者……宇宙の最高神だ。
 その最高神と交信する存在が魔術師。

 ふと、ここで気づく。
 そういえば、いた。
 アーサー王物語にも。超絶有名な魔術師が!

 マーリン!!!!!

 マーリン、お前、魔術師ということはお前……アーサー王を操作してたのか?
 生まれたてのアーサーを、両親からひっぺがして連れ去り、自分の選んだエクターという人のところに預けて養育させ、折を見てエクスカリバーを抜かせて「神の選びしブリテン王!」という演出をし、さらにはアーサー王自身を導いて戦争を裏から操り。
 さらには、アーサー王の宮廷に怒鳴る女性がやってきたときは、その女性が連れ去られて、アーサー王が「あーうるさい人がいなくなって良かった」とホっとしていたら叱りつけて救出させるように仕向け、最終的にマーリン自身がその女性と恋仲になって、アーサー王物語から退出しましたねマーリン!!バリーナースと同じで恋に弱いな?!

 ……失礼、取り乱しました。

 今までマーリンが、両親の元からアーサーを連れ去るの、ろくに理由を説明してくれないし、本当どういう理由なんだ?と考えてもようわからんかったのだが。

 魔術師として、定まった運命を変えようと……
 呪文どころか直接行動してたんかマーリン!!
 たいしたやつだよマーリン!!

 ……でもアーサー王オタクの私は知っている。
 古きアーサー王物語では「マーリンがアーサー王を連れ去る」エピソードは存在しない。
 古きアーサー王物語では「エクスカリバーを石から抜く」エピソードも存在しない。
 それはどちらも後から追加されたエピソードなのだ。

 追加した人はそのエピソードの追加で、マーリンの操作性をより強化しているのだ。
 アーサー王の生育を、王になる瞬間を、我が手で全部操れるように!!
 そしてアーサー王は世界一優れた騎士たちの集う円卓を主催するのだ。
 アーサー王よ、円卓の騎士たちよ、永遠なれ!!

 しかし、マーリンの努力もむなしく、アーサー王は実の姉のモルゴースに恋をし、禁断の子であるモードレッドが生まれ、モードレッドはアーサー王に反逆し、モードレッドに勝利したはいいもののアーサー王は瀕死の重傷を負い、アーサー王は姉モルガンに妖精の島アヴァロンに連れ去られる。
 マーリンは、アーサー王の姉モルゴース&モルガンに敗北するのだ。
 というより、滅びの運命に、敗北するのだ。

 ちなみにモルゴースとモルガンにはもう一人妹にエレインがいるので、三人はまるで運命の三女神のようでもある。

 つまりアーサー王物語は、マーリンの魔術なのだ。呪文だけじゃなく実際に行動したマーリンの魔術を記録した、魔術録なのだ!!
 負けたけども!

 天体魔術について触れて、そんなことがザーッと脳裡をよぎった。

 なんと、なんと面白いことだろう。
 今まで読んでいたアーサー王物語が新たな精彩を放ちはじめたではないか!!

 おお……おお……
 これは。
 魔術は。
 私に関係ないものではない。
 今もずっと私のそばにあったのだ!!

 そして、最後まで読んで、私は唸った。
 そこには私が円卓の騎士に魅了された理由が、書かれていた。

 操作こそは、魔術こそは。
 運命を変える力だったのだ。
 私を魅了してきたものだったのだ。

 私は捨てていなかったのだ。

 英雄が神に挑むこと。
 騎士があえて冒険に挑むこと。
 それは神をも恐れぬ魔術と同じものだったのだ。

 私は、それを、一生愛すだろう。

注釈
1 『フランス中世文学集2 愛と剣と』 訳 新倉俊一 神沢栄三 天沢退二郎 白水社 p.405

2 『神の文化史事典』 松村一男 平藤喜久子 山田仁史 白水社 p.17

3 『アーサー王神話大事典』フィリップ・ヴァルテール著 渡邉浩司/渡邉裕美子訳 p.36


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