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「僕の特別」 銀座花伝MAGAZIN vol.32

#スケッチ・カードで街歩き #銀座にダイブ   #語り出す看板

空が大きいと感じる銀座中央通りには、午前中から熱波が容赦無く押し寄せる。コロナ前に植え替えられた通りの140本のカツラの樹は、4年の歳月を経て背も伸びて青々と緑の葉を湛え、鋪道に見事な木陰を作ってくれている。その木陰に佇み感じる風は清涼感を含んでいて実に心地いい。

日常に潜む小さな奇跡に出会いたかったら、この街を訪ねてみるといい。そして表通りを辿るだけのWalkはもったいない。ほんの少しの想像力を加えるだけで街が二つ三つと階層を積み上げて、新しい街の姿を見せてくれるのだから。

五感を刺激しながらのもう一つのストリートWalkの醍醐味。
街を手作りスケッチ・カードを使って歩く。海外から訪れた青年の視点によって「街はドラマチック」であることに気づかされる瞬間がある。そんな一瞬一瞬の道のりをお届けする。

銀座は、日本人が古来から持ち続ける「美意識」が土地の記憶として息づく街。このページでは、銀座の街角に人々の力によって生き続けている「美のかけら」を発見していく。



◇僕の特別 ーある青年との銀座Walkー


スケッチ  カード で街歩き 

街を歩いていて、ふと立ち止まり、定点で銀座中央通りを長い時間眺めることがある。その時、筆者の目は一眼レフカメラでシャッターチャンスを伺う時のような集中力で「今しか出会えない」シーンを追いかける。

その時、いつも痛感することがある。ただの一瞬も同じシーンがやってこないという事実。当たり前のことだが、街は常に動いていて、人々は目的を持って行動しており、今出会えているシーンは2度とやってこない「貴重な瞬間」であることを。それは人生の一瞬一瞬は「一期一会」であるという発見と同じくらい深い意味を持って筆者に迫ってくる。

語らいながら散策をする人、空を仰ぎ見る人、ウインドウを覗き込む人、足早に店を出る人、丁寧にお客を見送るドアマン、スマホを建物に向ける人、俯きながら思索する人、人々は止まることなく自分のドラマを作り続ける。銀座中央通りはそんな人間の息吹を巻き込んで美しい雑踏を創り出している。
路地に入れば、時間が止まったような昨日の余韻の薫りまでも含んだ空気感でいっぱいだ。大きな通りから小路に入る瞬間の光と影の交差はまるで瞬きのアートが落し込まれたように煌めいて見える。

コロナが小康状態だったつい先日、シンガポールから日本を訪れた青年に銀座体験を提供したときの話だ。案内の際に、片言の日本語が理解できる人向けのコミュニケーションには、オリジナルの手書きの「スケッチ・カード」を用いることにしている。今から伝えようとしていることを、カードのイラストでイメージしてもらい、その上で解説するという方式だ。

彼のリクエストは、「日本の商いの象徴を見て回りたい」ということだったので、銀座にある商いと日本の美意識につながる「象徴」を案内することにした。

約2時間の散策を終えた時、彼はこんな感想を漏らした。

「誰かの日常が、僕の特別に変わっていく体験だった」

この意味深長な感想を持つに至ったであろう経緯に沿う形で、銀座Walkの一部をご紹介しよう。


スケッチ・カードの表紙


散策のはじまり

「銀座の街を巡るためには、あなたの五感を解放することが先決です。その感覚がないと見えるものも見えてこないので、この(カード)視点をまずは意識します」


No.1カード


トリの眼になる   -No.1カード上


「トリの眼を体感するために、MAPを広げましょう。」

カードの他に用意した「象徴を発見するコース」のオリジナルMAPには、グレーで表した通りの道に沿って、街の象徴的な建築物をモノクロでスケッチした形を載せている。その他には、最低限のランドマークとして色付きで地下鉄駅の地上入り口(ブルー)、稲荷(レッド)、そして散策コースを示すドット(イエロー)。極力、人の想像力が働くように文字のないスケッチのみとして、シンプルさが際立つように仕上げてある。

「地下鉄駅の地上出入り口」の場所は、銀座を訪れる人の動線の起点なので不可欠なランドマークである。「稲荷」は、都市作りに影響を与える象徴的な場所としてランドマークとしている。歴史が進んで、どんなに都市開発が進んでも、神社やお寺のある場所にはめったなことでは手を加える事が出来ないという不文律がある。銀座には、銀座という猛烈なスピードで変化する都市空間の中に、時間の作用を受けない神性を持つスポット、すなわち「稲荷」が300も散在している。その中から現存する代表的な稲荷をMAPに落とし込んだ。

「象徴」を発見するコースは、象徴的な建築物、商い、ウインドウ、看板をを見ることができるように、辿る道順をドットで示している。

このMAPで街全体を俯瞰した上で、今自分が立っている場所を地図上に指差して顔を上げ周りを見渡すと、まるで天からその地点を目指して降り立ったような興奮が訪れる。言うなれば、魚眼レンズの中に入り込んだような立体感を感じることができるのだ。

魚眼レンズMAP


アリの眼になる -N0.1カード右下


地上に降り立ってみると分かるのが、立っている舗道がどんな色をしていてどんなデザインか、ということだ。そして銀座の舗道が人に優しくあるように入念に作られていることに驚く。元々は路面電車(明治44年から発足した東京都電・銀座線)の敷石に使われていた石を砕いて舗道の敷石として再利用しているのだが、その表面の研磨された滑らかさに目を見張る。さらに敷き詰められた敷石と敷石の間の溝の繊細な細さにも驚く。聞くところによれば、これは銀座の店主たちの街を快適に回遊するため、とりわけ女性のピンヒールが溝にハマらないようにするための心遣いだという。筆者も溝にヒールが入り込み踵ソールが壊れてしまった経験は1度や2度ではないのだが、読者の中にも同じようなご経験がある方がいらっしゃるだろう。舗道の溝問題は女性にとっては結構切実なので、溝の隙間の細いサイズと浅さを目の当たりにするとありがたいと実感する。

このような日本らしい逸話は外国の青年にとっては、信じられないことのようで、細部にわたる街の仕掛けで「もてなす」という日本人らしい心遣いに「amazing!」と繰り返し叫んでいた。

サカナの眼になる -N0.2カード


サカナの眼になるとは?                       街の中にダイブ(潜水)する感覚を持つこと。

No.2カード


街のはじまり 

銀座2丁目のティファニーの前の「銀座鋳造所碑」あたりから、目の前にあるラグジュアリークロス(世界ブランドが交差点の4隅を占める)の中心に立って、この場所が400年前には海の底で、銀座はその中にぷっかり浮いた前島という島だった、と語りだすと青年の目は深い瞑想の色を帯びた。

次いで、

・その島に住んでいた漁民が銀座の第一号住民であること
・徳川幕府の埋め立てによって生活圏を奪われた漁師たちは、銀貨の鋳造という生業を得たこと
・京都でヘッドハンティングされた金属加工職人たちの文化交流「江戸人の気質は〈粋〉、京都人の気質は〈雅〉」が生まれ、銀貨を鋳造する職人街がここで始まったこと。
・松屋銀座のガラス張りの建物を見上げると気づく、江戸徳川幕府の大名たちがこの街に武家屋敷を建てたそのサイズが、目の前の松屋銀座のスケールとしてそのまま残っていること。
・江戸幕府によって武家の式楽に能が指定されたことで、四流派(観世、金春、宝生、金剛)の能楽師たちの屋敷が銀座全体に広がり、当時の能文化全盛期を迎え、「幽玄」という美意識が発達したこと。
・一方で銀座1丁目あたりに江戸歌舞伎(中村座)が発祥し、それを端緒に町民文化が花ひらき婆娑羅文化が「傾き」に変化していったこと。
・そして明治維新によって生まれた新政府の台頭とともに、銀座8丁目に花柳界が生まれ、日本舞踊や茶道・華道・長唄などの高い教養を身につけた芸妓文化が花開いたこと。

今目の前には見えないが、この街の底流にそうした日本芸能を産んだ魂が生き続けていることなどを説明した。

「江戸人の気質は〈粋〉、京都人の気質は〈雅〉

とはどういうことか? と青年は聞いてきた。

粋=気風(きっぷ)がいい=generous 
雅=気高く、優美=elegant

日本の中には東と西の文化の違いがあること、「粋」は400年前の江戸時代における贅沢禁止令の中で培われた庶民の美意識であること、「雅」は京都の宮廷・貴族文化の美意識であること、などを説明した。本当の理解に至ったかどうかは甚だ自信はないが、とにかくその二つは東西における代表的な気質の違いであること、それが銀座で合流してこの街らしい美意識を生み出したこと、については僅かながら誕生の物語カード(No.2カード)から直感的に理解できたようだった。

また、「日本の芸能が限られた1箇所に集結しているという場所は、そうそうお目にかかれない」と目を丸くするのである。
しかも能の世界観「幽玄」は、目に見えない深い世界の領域から醸し出される美だが、それとは反対の「婆娑羅」つまり身分を超えた贅沢で派手な振る舞いから派生した歌舞伎文化が同じ街に共存していることにも不思議さを覚えると青年はいう。

歴史を知ることは、街の底に潜む土地の記憶を発見することである。このようにサカナの眼で街に潜ることで、消えたかのように見える街の文化の古の記憶が、現実の街に確実に息づいていることを体感できる。


4丁目 Fantastic  List -N0.3カード


No.3カード

銀座4丁目は銀座の街の中心だが、オブジェや看板がユニークな専門店が点在している魅力的なエリアである。

ペンシル美術館と参道
スケッチ・カードの左上のエリアをご紹介しよう。

和光からそのエリアまでの道筋
和光から晴海通り沿いに数奇屋橋交差点を目指して歩いて行く途中に、天賞堂のアイコンであるキューピット・オブジェが目に飛び込んでくる。キューピットの頭を撫でながら右に曲がると、そこは煉瓦通りである。明治5年に新橋ー横浜間に鉄道が開通した頃、大火に泣かされていた銀座は火事に強い街並みを作るために煉瓦街となったが、その名残がこの通りの名前になっている。天賞堂が和光とともに煉瓦街入居の第一号として店を構えたのもこの頃だ。

猿と狐とえんぴつと                         しばらく進むと、ビルの隙間にある猿のオブジェが手招きしている路地にさしかかる。ご縁をもたらす猿が、稲荷の狐を指さして来る者を別世界に連れて行ってくれるかのような趣がある。この路地が参道である事が分かるのは通り抜けた瞬間だ。
陽の当たらない路地からその場所に飛び出すと、江戸城に祀られていたという稲荷の朱色の鳥居が正面に出迎えてくれる。

振り返ると、1メートルもある木彫りの鉛筆オブジェがひっそりと立っていて、そこがペンシル美術館であることを告げている。「ご覧になりたい方は、お電話でご予約ください」と描かれたかわいい看板が下がっているのもなんだか秘密めいている。運が良ければ、ここの女主人がこの美術館を開くまでの奇跡のような物語を聞くことができる。

ちなみに銀座が島だった時代、ここは島の中心地だった。それが理由かどうかは不明だが、この土地には特別に人を呼び寄せるパワーがあるようで、現在の日本経済を作り上げた大企業がこの場所の4畳半から誕生している。広告業、宝石業、保険業、食品業、事務機器業などその業種は幅広いが、この稲荷が「起業家の登竜門」と言われるのもそのためだ。


銀座フィルターを感じる

次に稲荷エリアを抜けて松屋通りを昭和通りに向かって歩くと、スケッチ・カードの中央に描かれている「サーモン専門店」に出会う。そこで振り返ると「王子ホール」を仰ぐことができる。

銀座フィルターという街の美意識を司る元祖ともいうべき王子ホールは、「銀座高さルール」57メートルによって建てられたビルだ。この街はビルの高さ制限をしている。歩行者天国で通りのど真ん中に立ってみると、実に空が広いなーと感じるのはそのルールのおかげである。銀座の街並みが美しく見えるのは、こうした細部にヒューマンスケールを施した仕掛けがあるからだ。このビルの高さ制限は、言ってみれば街の骨格なのだ。


香箱を訪ねる

スケッチ・カード右上の専門店

「蘇り稲荷」(よみがえりいなり)の朱色 の幟がはためく前にやってくると、「香箱」と名付けられた建物が目に入る。1500年の時を超えて伝わる日本の「香文化」を体験できる銀座でも貴重な香間(香道を稽古する場)を持つ施設だ。室町時代さながらの空間に身をおくと異界を訪れたような時間の流れが待っている。



語り出す看板

街の看板は、商店の屋号や商品をロゴ化して、自らの店の存在を街ゆく人々に知らせるために外観につけられている広告のひとつだ。

足を止めたくなるのは、専門店のそれぞれ趣の異なる看板が隣同士で並んでいたりするところ。「あんぱん」が描かれた大看板と高貴な「真珠」が隣同士並んでいるミスマッチを「同じ明治期に生まれた商いの豊富さが楽しい」と彼は面白がった。

銀座中央通り沿いには、海外ブランドがひしめき合っているが、これらにはいわゆる看板の設置はなくて、ビル自体のデザインやウインドウ、ロゴそのものがブランドを表現している場合が多い。一方で日本の老舗や小さな商店は、人々に立ち止まってもらうために、創意工夫を巡らせて存在意義を小さな看板に込める。

青年に日本らしい看板をいくつか紹介しながら街を歩いた。彼が立ち止まり、「これはいいなあ」と見上げた看板には共通の美意識が宿っているように思われた。
一際シンプルで美しい看板には人の心を沸き立たせる効果があるようだ。デザインから何を売る店か直観できる、創業者の情熱と歴史を感じる看板のいくつかをご紹介しよう。

スケッチ・カード・ブレイク


#Stationary (伊東屋レッドクリップ)


一眼で文房具を連想できる看板(2丁目)


#BAR (ルパン)

怪盗ルパンの原作本から看板は生まれた(5丁目)


#CAFE   (カフェ・ド・ルトン)


老夫婦が営む牛蒡ケーキが自慢のカフェ(5丁目)


#Yakitori (鳥繁)


屋台から始めて90年。今や銀座の名店に(6丁目)


#Button (ミタケ)

世界中のボタンが集まる博物館のような店(1丁目)


#Dental (河西歯科医院)

銀座でそろそろ100年。ひっそりと佇む現役歯科医院(1丁目)



# Tabi  (むさしや足袋店)


明治創業の熟練職人の手作業が光る。年季を感じる看板(2丁目)


#Glasses (岩崎眼鏡)


古代エジプト・ウジャット【全てを見通す目】が看板に(6丁目)



路上は名前のないドラマ


時に空に向け、時には路上に寝そべるようにカメラを構え、ある時は暖簾をくぐって店内を、またある時はビル脇に付いている踊り場のある螺旋階段を登ったことろで通りを見下ろしながら、彼はシャッターを切った。

「迷う楽しさがある街だね」

表面はゴージャスなのに、ひとたび路地に入ると別世界が待っているこの街を彼はそう表現する。
掃き清められた路地は見たことがないらしく、その神々しいまでに磨き上げられた小路で、店の裏口から出てきた身なりを整えた店員が忙しそうに働く姿を見て「日本の日常に会えた」と目を輝かせた。

rarely visited regions 

この街で僕は「秘境」を見つけた、とつぶやいた時、「真剣に美を求めている」街の印象が彼の「特別」な思い出になった、という真意を知ったような気がした。

Ginza  Tellerとしての醍醐味は、スケッチ・カードから放たれた視点が受け取られ、その人自身の中で五感によって熟成される瞬間に立ち会えることである。

すばらしい街のドラマはいつも路上にあることを実感するのだ。


スケッチカード メッセージ


◇editer   note

Z世代が街に目立つようになったここ1年余り。SNSで情報をキャッチして、ピンポイントでその場所に出かける。銀座に来ようと思ったわけではなく、気になったカフェがたまたま銀座にあったという具合に足を運ぶ。この街にそれほどの思い入れもないが、気に入ると“とことん”繰り返しやって来るのも彼らの特徴だ。

一人一人と話すと、実に五感が鋭敏で、感性の豊かさに驚かされる。物を購入するにしても十分にネットで検索調査し、実物を街に出かけては触れ、「本物」かどうかを十分吟味して、自分の生活スタイルに合っているかを確認しながら購入するという徹底ぶりだ。

この時の「本物」とは何か。


哲学者の池田晶子さんが、名著「14歳からの哲学」の中で次のように述べている。
独自であるということが、本物であるということの意味だ。そして、この本物と偽物という2種の区別は、ブランド商品だけではなく、すべての物、すべての事柄、すべての分野について言えることなんだ。絵画や音楽、芸術の諸分野から文章表現による文学や思想、学問の諸分野まで、人間の行うすべてのことについてだ」

そして、こう言い切る。
「人間の行うすべては、その心の行うことなのだ。だから本物か偽物かというのは、その人間の心構え、つまりその人が本物かということに他ならない。中略・・・本物の人は、“自分がせざるを得ない”という力に突き動かされて物事を行っている。」

独自であることが本物、これは個性的とは意味が違うという。それは「天」を見ることが出来る人なのかどうかだと本の中で力説している。そこに年齢は関係ない。私たち一人一人に向けられた真摯な問いなのだと実感する。
              ・・・・・

今回案内した海外の青年は「真剣に美を求めている街」と銀座を見た。視座の高さに「天」を見ている感性を感じるのは私だけだろうか。

本日も最後までお読みくださり、ありがとうございます。
                  責任編集:Ginza Teller 岩田理栄子

〈editorprofile〉                           岩田理栄子:【銀座花伝】プロジェクト・プロデューサー         ギンザ・テラー / マーケターコーチ
        東京銀座TRA3株式会社 代表取締役
        著書:「銀座が先生」芸術新聞社刊


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