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121)尿にブドウ糖を排泄するSGLT2阻害剤は寿命を延ばす

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術121

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【糖質とインスリンは様々なメカニズムで老化を促進する】

糖質はエネルギー源として重要な栄養素であり、インスリンは体の成長を促進する上では重要なホルモンです。しかし、成長が終わったあとの生物にとって、糖質の過剰摂取と、それによるインスリンの分泌促進は様々なメカニズムで老化を促進し、寿命を短くする方向で作用します。
 
グルコース(ブドウ糖)はアルデヒド基(-CHO)を持ち、フルクトース(果糖)はケトン基(>C=O)を持ちます。分子内に遊離性のアルデヒド基やケトン基を持っていると還元性を示すので、このような糖類を還元糖と言います。
 
還元糖はタンパク質やアミノ酸と反応してタンパク質の糖化を引き起こし、糖化したタンパク質は分解して糖化最終生成物(AGEs)となります。糖化したタンパク質やAGEsはタンパク質の機能低下や炎症反応や酸化ストレスを高める作用があり、老化を促進し、動脈硬化やアルツハイマー病や糖尿病合併症など様々な疾患の進行を促進します。


図:グルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)は、分子内に遊離性のアルデヒド基やケトン基を持っているので還元性を示し、このような糖類を還元糖と言う。還元糖はタンパク質やアミノ酸と反応してタンパク質の糖化を引き起こし、糖化したタンパク質は分解して糖化最終生成物(AGEs)となる。糖化したタンパク質やAGEsはタンパク質の機能低下や炎症反応や酸化ストレスを高める作用があり、老化を促進し、動脈硬化やアルツハイマー病や糖尿病合併症など様々な疾患の進行を促進する。
 
 
 
グルコース(ブドウ糖)を摂取して血糖が上昇するとインスリンの分泌が促進されます。インスリンは脂肪の合成を促進し、肥満を引き起こします。肥満はさらに炎症状態を高め、アディポネクチンの産生を減らし、インスリン抵抗性を高めてさらに高インスリン血症を亢進します。このようなインスリンの高い状態は肥満をさらに亢進し動脈硬化を促進しメタボリック症候群を引き起こします。

インスリンはPI3K/Aktシグナル伝達系を活性化し、転写因子のFOXOを抑制して酸化ストレスに対する抵抗性を低下させ、mTORC1の活性を高めることによってさらに老化を進行させます。 

このように、成長が終了したあとは、糖質とインスリンは体の老化を進めて寿命を短くすると言えます。 


図:グリセミック指数の高い食事で食後の血糖値が上昇するとインスリン分泌が増加する。インスリンは脂肪合成を促進するので肥満を引き起こす。肥満になって内蔵脂肪が増えると、脂肪組織から分泌される炎症性サイトカイン(TNF-αやIL-6)が増え、アディポネクチンの量が減る。その結果、インスリンの働きが低下し(インスリン抵抗性)、それを補うためにインスリンがさらに多量に分泌されて高インスリン血症になる。高インスリン血症はさらに肥満を促進するので悪循環を形成し、ますます症状が悪化する。炎症性サイトカインの産生増加は炎症を増悪させ酸化ストレスを高める。炎症と酸化ストレスとインスリン分泌の増加は動脈硬化や耐糖能異常を来してメタボリック症候群の原因となり、さらに老化を促進し、がんの発生や進展を促進する。



【糖尿病治療薬には老化抑制と寿命延長に有効な薬がある】

糖尿病はインスリンの分泌量が低下したり、インスリンの効き目が低下して、血糖が上昇する病気です。血中のグルコース濃度が高くなるので、様々な組織や臓器にダメージをあたえて、老化を促進し、寿命を短くします。
 
インスリンを投与して血糖を下げれば、グルコース(ブドウ糖)による組織障害は減少しますが、前述のようにインスリンは様々なメカニズムで老化を促進し、寿命を短くします。したがって、糖尿病の治療薬でも、インスリンは老化を促進し、がんの発生を促進し、寿命を短縮します。
 
一方、インスリンの血中濃度を高めない糖尿病治療薬は、老化抑制と寿命を延ばす効果が報告されています。抗老化薬の探索に関する最近の総説で以下のような論文があります。

Anti-ageing effects of FDA-approved medicines: a focused review(FDA承認薬の老化防止効果:焦点を絞ったレビュー)J Basic Clin Physiol Pharmacol. 2023 Jan 13;34(3):277-289.

【要旨の抜粋】
老化は、生活の質に影響を与える加齢関連疾患の原因となる。人々は抗老化(アンチエイジング)の方法に興味を持っており、多くの科学者がアンチエイジング薬の探索を試みている。

この論文で米国食品医薬品局(FDA)が承認した医薬品の老化防止活性を調べ、アログリプチン(alogliptin)、カナグリフロジン(canagliflozin)、メトホルミン(metformin)が AMPK 活性化を介して老化防止活性を生み出す可能性があることを発見した。

ラパマイシン(rapamycin)とカナグリフロジン(canagliflozin)はmTORを阻害して寿命を延ばすことができる。アトラクリウム(atracurium)、カルニチン(carnitin)、スタチン(statin)は DAF-16 活性化因子として作用し、抗老化活性に寄与する可能性がある。
アカルボース(acarbose)はインスリン低下効果によって長寿を促進する可能性がある。

興味深いことに、一部の薬物 (カナグリフロジン、メトホルミン、ラパマイシン、アカルボースなど) は主に雄の動物で寿命延長効果を示す可能性がある。
 
 
 
この論文の中でアログリプチン(alogliptin)、カナグリフロジン(canagliflozin)、メトホルミン(metformin)、アカルボース(acarbose)が糖尿病の治療薬として使用されています。
 
寿命を延ばす方法として現時点で最も確実なのがカロリー制限です。カロリー制限とは、栄養障害(ビタミンやミネラルやタンパク質の不足)を起こさずに食事からの摂取カロリーを30~40%程度減らす食事を行うことです。カロリー制限には老化を遅延して寿命を延ばし、がんを含めて老化関連疾患の発症を抑制する効果が認められています)。
 
細胞の増殖と老化の制御で重要な役割を担っているのがmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)です。
男性が女性より寿命が短いのは、このmTORC1活性が男性の方が高いという考えもあります。男性は屈強さを得るために寿命を犠牲にしているという考えです。

前述の論文で『一部の薬物 (カナグリフロジン、メトホルミン、ラパマイシン、アカルボースなど) は主に雄の動物で寿命延長効果を示す可能性があります。』というのは、これらの薬がmTORC1活性の抑制に関係している可能性を示唆しています。


図: mTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)は成長ホルモンやインスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)など様々な成長因子や過剰な栄養によって活性化され(①)、細胞の増殖や体の成長を促進する役割を担っている(②)。成長が終了したあともmTORC1の働きが過剰に続くと、細胞や組織の老化が促進される(③)。成長は「プログラムされた正常機能」であるが、老化は「成長の延長(過剰機能)」であり、成長終了後はmTORC1の活性は老化と発がんを促進する方向に作用する(④)。mTORC1を活性化して屈強な体を作るときは、寿命を犠牲にし、発がんリスクを高める可能性がある。カロリー制限とカロリー制限模倣薬はmTORC1の活性を抑制することによって、老化速度を遅くし、寿命を延長できる(⑤)。
 
 
 
カロリー制限と同じ効果(抗老化や寿命延長効果)を示す薬をカロリー制限模倣化合物(Calorie restriction mimetics :CRM)と言います。
カロリー制限模倣化合物には抗糖尿病薬のメトホルミン、赤ワインに含まれるレスベラトロール、ポリアミンの一種のスペルミジンなどが知られています。
 
メトホルミンは、ミトコンドリアの呼吸鎖の最初のステップである呼吸酵素複合体I を阻害します。その結果、ミトコンドリアでのATP産生が減少し、AMP:ATPの比が上昇し、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)が活性化されます。活性化したAMPKは、肝臓の糖新生を抑制し、解糖を亢進し、骨格筋でのグルコース利用を促進して血糖を低下させます。

mTORC1は老化と発がん過程の両方を促進する働きがあるので、mTORC1の抑制は抗老化と抗がんの両方の効果になります。
メトホルミンの寿命延長効果については第8話で解説しています。


図:メトホルミンは絶食やカロリー制限や運動と同様に、体内のエネルギー低下によってAMP/ATP比とNAD+/NADH比を高める(①)。AMP/ATP比の上昇はAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し(②)、NAD+/NADH比の上昇はサーチュイン1(Sirtuin 1)を活性化する(③)。サーチュイン1はセリン・スレオニン・キナーゼのLKB1を活性化し、LKB1はAMPKを活性化する(④)。LKB1はAMPKを活性化し(⑤)、AMPKはサーチュイン1を活性化する(⑥)。サーチュイン1はPGC-1αの活性を亢進する(⑦)。PGC-1αは、ミトコンドリア新生を亢進して数を増やし、脂肪酸β酸化やTCA回路や酸化的リン酸化などミトコンドリア機能を亢進する(⑧)。その結果、抗老化と寿命延長の効果を発揮する。
 
 
 
アカルボースは糖を分解する酵素の働きを阻害して、体内へのブドウ糖の吸収を減らす薬です。血糖の上昇とインスリンの分泌を抑制して、抗老化と寿命延長効果を発揮します。
アカルボースの寿命延長効果は92話で解説しています。


図:食事中の糖質(①)は唾液や膵液のα-アミラーゼで二糖類(②)になり、小腸のα-グルコシダーゼによって単糖類(③)となって腸から吸収される。血糖とインスリンの上昇は老化を促進し、寿命を短縮し、がん細胞の発生と増殖を促進する(④)。アカルボースはα-アミラーゼとα-グルコシダーゼの両方を阻害する(⑤)。糖質と二糖類は腸から吸収できないので、腸内細菌によって分解され、酪酸などの短鎖脂肪酸が増える(⑥)。短鎖脂肪酸は老化を抑制し、寿命を延ばし、がん細胞の発生と増殖を抑制する(⑦)。



【SGLT2(ナトリウム-グルコース共輸送体2)阻害剤は尿にグルコースを排出する】

腎臓は体内の老廃物を尿中に排泄する働きがあります。腎臓の糸球体は血液中の物質を濾過する役割を果たしています。糸球体内の特殊な構造である糸球体ろ過膜を通過する際に、水、塩類、有機物などの小さな分子が濾過されます。濾過されたばかりの尿を原尿と言い、血漿中の水、無機塩類、有機物質および一部の糖分が原尿に含まれるようになります。

濾過された原尿から、尿細管において体に有用な物質を再び血液中に戻すための再吸収が行われます。

グルコースは、栄養素として非常に重要な糖であるため、通常は原尿中のグルコースの99%以上が再吸収されるので、血糖値と腎臓が正常な人は尿にはグルコースはほとんど含まれません。通常、健康な人の尿細管でのグルコース再吸収量は、1日におおよそ180グラムから200グラムです。

しかし、糖尿病になって血糖値が上昇すると、濾過されたグルコースを全て再吸収できないので、尿糖が出るようになります。これが糖尿病です。


尿細管で尿中のグルコースを再吸収するのがSGLT2というタンパク質です。
SGLT2は、Sodium-Glucose Cotransporter 2(ナトリウム-グルコース共輸送体2)の略です。SGLT2の働きを阻害するSGLT2阻害薬は、2型糖尿病の治療に使用されています。SGLT2を阻害することで、腎臓が尿中に余分なグルコースを排出するよう促す効果があり、これにより血糖値を下げる効果があります。さらにインスリン分泌も低下するので、老化を抑制し、寿命を延ばすことになります。



図:SGLT2(ナトリウム-グルコース共輸送体2)阻害剤(①)は、腎臓で濾過されたグルコースの再吸収を阻害し(②)、尿中にグルコースを排出(③)ことによって血糖を低下する(④)。その結果、インスリン分泌が低下する(⑤)。血糖とインスリンの低下は抗老化と寿命延長効果となる。



【SGLT2 阻害剤は心臓病や腎臓病による死亡率を低下する】

SGLT2 阻害剤には、血糖降下効果に加えて、腎臓と心臓に対して広範囲の有益な作用(腎臓保護作用、心不全の発症予防など)が報告されています。例えば、以下のような報告があります。

SGLT-2 inhibitors in patients with heart failure: a comprehensive meta-analysis of five randomised controlled trials(心不全患者におけるSGLT-2阻害剤:5つのランダム化対照試験の包括的なメタ分析)Lancet. 2022 Sep 3;400(10354):757-767.

複数の臨床試験のメタ解析の結果、心不全患者にSGLT-2阻害剤を使うと、心血管死が87%、全死因死亡が92%に減少することが明らかになりました。この論文の結論は『SGLT2 阻害剤は、幅広い心不全患者の心血管死および心不全による入院のリスクを軽減し、駆出率や治療環境に関係なく、心不全の基礎療法として有効』となっています。
 
以下のような総説論文もあります。

Roles for SGLT2 Inhibitors in Cardiorenal Disease(心腎疾患におけるSGLT2阻害剤の役割)Cardiorenal Med. 2022;12(3):81-93.

SGLT2阻害剤を投与された慢性腎臓病の患者は、プラセボを投与された患者よりも腎機能の持続的低下、末期腎疾患、または腎または心血管疾患による死亡のリスクが低下しました。

SGLT2阻害剤を投与された心疾患患者では、心不全による入院や死亡のリスクが、プラセボ群に比べて有意に低下しました。
SGLT2阻害剤は、2型糖尿病の存在や、慢性腎疾患または心疾患の重症度に関係なく、病気の進行を抑えて、死亡リスクを低下させる効果が観察されました。
 
 
FDA承認薬から老化防止効果のある薬を探索する研究の総説(一番最初の論文)では、SGLT2阻害剤のカナグリフロジン(canagliflozin)が、『AMPK 活性化を介して老化防止活性を生み出す可能性』と『mTORを阻害して寿命を延ばす可能性』を指摘しています。
 
カナグリフロジンは『カナグル』という商品名で糖尿病治療に使われていますが、他のSGLT2阻害剤も同様な効果があります。


尿に糖を排泄するというのは、食料の無駄になり、糖尿による尿路感染症のリスクもあるのですが、抗老化と寿命延長に効果が期待できるようです。最近の研究では、SGLT2阻害剤が体内のケトン体を増やす作用があり、このケトン体増加が抗老化と寿命延長のメカニズムに関与していることが指摘されています。これについては次回解説します。

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