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141)AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)は老化とがんを予防する

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術141

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。


【カロリー制限は寿命を延ばす最も確実な方法】

体が消費するエネルギーの量や食事に含まれる熱量を表す単位として「カロリー」が使われます。人間が何もせずじっとしていても、生命活動を維持するためには成人女性で1日約1200キロカロリー、成人男性で約1500キロカロリーのエネルギーが消費されており、これを基礎代謝量と言います。寝ていても心臓や腎臓や肝臓や脳など生命を維持するために働いているからです。仕事や運動をするとその身体活動に応じたエネルギーがさらに必要になります。

私たちは消費するエネルギーに見合ったカロリーを食事から摂取することによって生命活動を維持することができます。食事からの摂取カロリーが消費カロリーより少なければ、体は脂肪組織や筋肉に貯蔵している脂肪やグリコーゲンやアミノ酸を分解してエネルギーを産生します。慢性的に摂取カロリーを減らすと、体は基礎代謝を低下させたりして、少ない摂取カロリーで体重や筋肉量を維持するように適応します。


食事からの摂取カロリーを減らすことを「カロリー制限」と言います。食事中のビタミンやミネラルやタンパク質などの栄養素の不足を起こさずに摂取カロリーだけを30~40%程度減らす食事です。このカロリー制限は酵母から線虫、ハエ、マウス、霊長類に至る数多くの生物種において、老化を遅延して寿命を延ばし老化関連疾患の発症を遅らせる最も再現性の高い方法であることが多くの研究で証明されています。



【カロリー制限と同じような効果を薬で真似ることもできる】

薬やサプリメントによる寿命延長や抗老化治療が研究されています。その候補の代表がカロリー制限模倣化合物という薬です。前述のように、老化抑制と寿命を延ばす効果で最も効果が高いのがカロリー制限です。抗老化を目的としたカロリー制限食というのは、食事中のビタミンやミネラルやタンパク質などの栄養素の不足を起こさずに摂取カロリーだけを30~40%程度減らす食事です。


このカロリー制限と同じ効果を示す薬がカロリー制限模倣化合物です。食事のカロリーを減らすのは空腹感という苦痛が伴いますが、カロリーを減らさない普通の食事をしながら、カロリー制限と同じ抗老化と寿命延長の効果が得られる薬やサプリメントがあれば、抗老化の実践も楽になります。
 
カロリー制限模倣化合物として糖尿病治療薬のメトホルミン、ブドウやブルーベリーなどに含まれるレスベラトロールやプテロスチルベンなどが知られています。これらはカロリー制限と同様にAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)や長寿遺伝子のサーチュイン-1を活性化してミトコンドリアを増やすことが知られています。


カロリー制限によって寿命が延びるメカニズムに対して、それを刺激・活性化する因子と阻害・抑制する因子があります。寿命の延長を促進している因子をさらに増やし、寿命を短縮する因子を減らせば、カロリー制限を行わなくなくても長寿を達成できることになります。
 
例えば、寿命延長とがん予防効果を促進する因子として、AMPK、サーチュイン、アディポネクチン、オートファジーなどがあります。これらの因子を活性化する方法はカロリー制限の効果を真似ることができます。

老化を促進し寿命を短縮する因子としては、インスリン、インスリン様成長因子-1(IGF-1)、PI3K/Akt/mTORシグナル伝達系、活性酸素などによる酸化ストレス、慢性炎症状態を引き起こす炎症性サイトカインなどがあり、これらの因子の活性や産生を抑えることはカロリー制限の効果を真似ることができます。(下図)


図:カロリー制限による寿命延長とがん抑制の効果に関与している因子を利用すれば、カロリー制限を行わずに同じような効果が得られる可能性がある。




【体内のエネルギー不足を感知するAMP活性化プロテインキナーゼ】

運動や絶食でエネルギー(ATP)が減少すれば、ATPの産生を増やさなければなりません。そのためには、体内でATPが低下していることを感知するメカニズムと、感知したあとにATP産生を増やすメカニズムが必要です。この役割を担っているのがAMP活性化プロテインキナーゼというタンパク質です。
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)は細胞のエネルギー代謝を調節する因子として重要な役割を担っています。
AMPKは低グルコースや低酸素や虚血など細胞のATP供給が枯渇させるようなストレスに応答して活性化されます。


AMPKは触媒作用を持つαサブユニットと、調節作用を持つβサブユットとγサブユニットから構成されるヘテロ三量体として存在します。


 
γサブユニットにはATPが結合していますが、ATPが枯渇してAMP/ATP比が上昇すると、γサブユニットに結合していたATPがAMPに置き換わります。その結果、アロステリック効果(酵素の立体構造が変化すること)によってこの複合体は中等度(2~10倍程度)に活性化され、上流に位置する主要なAMPKキナーゼであるLKB1に対して親和性が高くなり、LKB1によってαサブユニットのスレオニン-172(Thr-172)がリン酸化されると、酵素活性は最大に活性化されます。
活性化したAMPKは異化を亢進してエネルギー産生を亢進し、物質合成を抑制するように代謝をシフトします。(下図)



図:AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)はα、β、γの3つサブユニットからなり(①)、細胞内のATPが減少するとγサブユニットに結合していたATPがAMPに置換する(②)。これによってAMPKの構造変化が起こると、LKB1というリン酸化酵素の親和性が高まり、αサブユニットのスレオニン172がリン酸化されると、さらにAMPKの活性が高まる(③)。カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)もスレオニン172をリン酸化してAMPK活性を亢進する(④)。活性化したAMPKは異化を亢進してエネルギー産生を亢進し、物質合成を抑制するように代謝をシフトする(⑤)。
 
 
運動やカロリー制限や絶食はATPを減らし、AMP/ATP比を高めることによってAMPKを活性化します。糖尿病治療薬のメトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素複合体Iを阻害してATPの産生を低下させ、AMP/ATP比を上昇させてAMPKを活性化します。

LKB1以外のルートでのAMPKの活性化として、カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)もAMPKの活性化にとって重要であることが示されています。ビタミンD3は細胞内のフリーのカルシウム濃度を上昇させてCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼ・キナーゼ(CaMKKβ)を活性化します。したがって、メトホルミンとビタミンD3の併用はAMPKの活性を相乗的に高めることが指摘されます。(下図)


図:AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)はα, β, γの3つのサブユニットからなるヘテロ三量体として存在する(①)。ATPが減少してAMP/ATP比が上昇すると(②)、γサブユニットに結合していたATPがAMPに置換する(③)。これによってAMPKの構造変化が起こると、LKB1というリン酸化酵素の親和性が高まり、αサブユニットのスレオニン172がリン酸化されると、さらにAMPKの活性が高まる(④)。活性化したAMPKは異化(ATP産生)を亢進し、同化(物質合成)を抑制する(⑤)。運動やカロリー制限や虚血・低酸素はATP産生を低下させAMP/ATPを上昇させることによってAMPKを活性化する(⑥)。メトホルミンはミトコンドリアの呼吸鎖を阻害してATP産生を低下させる機序とLKB1を活性化する両方の機序でAMPKを活性化する(⑦)。ビタミンD3は細胞内のフリーのカルシウムを増加させ、カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)を活性化させてAMPK活性を亢進する(⑧)。



【糖尿病治療薬のメトホルミンはミトコンドリアでATP産生を阻害する】

メトホルミン(metformin)は、世界中で1億人以上の2型糖尿病患者に使われているビグアナイド系経口血糖降下剤です。糖尿病だけでなくがんの予防や抗老化の分野でも注目されています。がんの発生を予防する効果や寿命を延長する効果が報告されています。

メトホルミンはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を介した細胞内シグナル伝達系を刺激することによって糖代謝を改善します。すなわち、筋・脂肪組織においてインスリン受容体の数を増やしてインスリンの作用を増強し、ブドウ糖の取り込みを促進します。さらに肝臓に作用して糖新生(糖質以外の物質からグルコースを合成すること)を抑え、腸管でのブドウ糖吸収を抑制する作用があります。

これらの作用はインスリンの血中濃度を低下させます。インスリンは老化とがん細胞の増殖を促進するので、インスリンの血中濃度を減らすだけで、老化速度やがん細胞の増殖を抑制する効果があります。

さらに、AMPKはインスリンおよびインスリン様成長因子-1(IGF-1)によって活性化されるPI3K/Akt/mTORC1シグナル伝達系のmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)の活性を阻害します。つまり、メトホルミンはAMPKを活性化することによって血糖降下作用と抗老化作用と抗がん作用を示すと考えられています。

メトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素複合体1(電子伝達複合体1)を阻害してATPの産生を減らし、そのためにAMP:ATP比を高め、AMPK活性を高めます。



【オメガ3系多価不飽和脂肪酸はLKB1を活性化する】

DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)のようなオメガ3系多価不飽和脂肪酸がLKB1を活性化して、解糖系酵素とmTORシグナル伝達系を阻害するという報告があります。以下のような論文があります。

Omega-3 polyunsaturated fatty acid promotes the inhibition of glycolytic enzymes and mTOR signaling by regulating the tumor suppressor LKB1.(オメガ3系多価不飽和脂肪酸はがん抑制遺伝子のLKB1の制御を介して、解糖系酵素とmTORシグナル伝達系の阻害を促進する)Cancer Biol Ther. 2013 Nov 1; 14(11): 1050–1058.

この論文では、オメガ3系多価不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)ががん抑制遺伝子のLKB1の作用を亢進することを明らかにしています。
LKB1遺伝子を発現している細胞にDHAを投与すると、LKB1活性が亢進し、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)のリン酸化を引き起こし、mTORシグナル伝達系を阻害しました。

乳がん細胞MCF-7細胞をsiRNA(干渉RNA)でLKB1発現を阻止すると、DHAのAMPKの活性化とmTORシグナル伝達系阻害作用は見られなくなりました。
さらに、LKB1遺伝子を発現している細胞では、DHA投与によって細胞内代謝系が変化しATP量は減少しました。(下図)


図:インスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)などの増殖刺激はPI3K/Akt/mTORC1経路を活性化して老化と発がんを促進する作用がある。AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)はα, β, γの3つのサブユニットからなるヘテロ三量体で、ATPが減少してAMP/ATP比が上昇すると、γサブユニットに結合していたATPがAMPに置換する。これによってAMPKの構造変化が起こると、LKB1というリン酸化酵素の親和性が高まり、αサブユニットのスレオニン172がLKB1によってリン酸化されると、さらにAMPKの活性が高まる。活性化したAMPKはmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)を阻害し、がん細胞の増殖を抑制する。オメガ3系多価不飽和脂肪酸のDHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(エコサペンタエン酸)はLKB1の活性を亢進してAMPKを活性化し、mTORC1を抑制することが報告されている。すなわち、DHA/EPAは老化予防とがん予防効果を発揮する。
 
レスベラトロールとプテロスチルベンはメトホルミンと同様の機序でATP産生を低下させてAMPKを活性化します。αリポ酸はサーチュイン1の発現を誘導し、サーチュイン1はLKB1を活性化してAMPKを活性化することが報告されています。

以上から、運動、カロリー制限、メトホルミン、レスベラトロール、プテロスチルベン、ビタミンD3、ドコサヘキサエン酸(DHA)、αリポ酸の併用は、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)とサーチュインを活性化して、抗老化とがん予防と健康寿命延長に効果が期待できます。(下図)


図:メトホルミン、レスベラトロール、プテロスチルベンはミトコンドリアの呼吸酵素複合体-Iを阻害してエネルギー産生を低下させ、カロリー制限と類似の作用を発揮する。すなわち、NAD+/NADH比とAMP/ATP比を高め、NAD+/NADH比の上昇はサーチュイン1を活性化してLKB1を活性化し、LKB1によって活性化されたAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)はサーチュイン1を活性化する。ビタミンD3はAMPKを直接活性化し、DHA/EPAはLKB1を活性化し、R体αリポ酸はサーチュインを活性化する。AMPKとサーチュインの活性化は、細胞老化の抑制や発がん抑制や寿命延長の効果を発揮する。

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