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Like crazy (狂人の歓び)

 だけどまたもう一つ最近の映画を紹介。

 Paolo Virzi(パオロ・ヴィルツイ)は現代の監督の中で私の好きな人の一人で、その中でもこの映画はイタリアらしいと言えると思うので紹介したい。

 La pazza gioa(邦題;「歓びのトスカーナ」また邦題のわかりづらさが気になってしまう)は精神を患う女性二人が主人公の逃避行劇だ。La pazza gioaとは「馬鹿げたこと」という意味のイディオムだが、同時に”Pazza"とは狂った人という意味もある。これまた私が好きなValeria Bruni Tedeschi(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ。元サルコジ大統領夫人の姉)とカメレオン女優(と私は思っている)Michaela ミカエラ・ラマッツオッティ(そしてPaolo Virzi夫人)の「テルマ&ルイーズ」を思わせる、いわばロードムービーである。

※参考映画

 なぜイタリアらしいかというと、イタリアは精神病院を廃絶したことで有名だからだ。1978年バザリア法成立に伴い、イタリアでは精神病院が無くなった。それ以前の精神病院内での治療のありようが非人道的であることが露呈したからだ。閉鎖的な空間で治療は秘密裏に行われ、その中で電気ショックや薬の大量摂取、ベットに一日中ベルトで拘束するなど、とても人間の扱いとは思えないおぞましい”治療”が行われていた。そのため医師のフランコ・バザリア医師が病院改革に乗り出した。まず医師と患者が主従であった関係を、医師と患者は「協同者」と位置づけた。その上で治療に関してミーティングを積極的に行い、それをオープンにし、ショック療法や身体拘束具の使用禁止、パーティの開催、患者新聞の発行、男女混合病棟の実現、街への自由外出と金銭所持を認める、などをまずトリノの病院で試験的に行い、それが評価され(デモなどもイタリアは盛んなので)法律成立まで漕ぎつけたのだ。それからというもの患者の権利獲得、病院職員の意識改革、精神病に対する地域への意識改革が州ごとにばらつきがあるといえど、イタリア全土でなされたのだ。司法病院の精神科はそれでもなお存在したのだが、これも2015年に完全廃絶。現在のイタリアにおいて、精神疾患の患者に対する治療は、入院医療を最小限に留め、それに代わり地域精神保健センターによる在宅ケアを中心とした治療が続けられている。精神疾患が個人ではなく、社会的疾患として考えられるようになったのだ。(バザリア法成立後に元精神病患者の社会復帰に関する実話を映画化したのは「人生ここにあり!」が有名。これも落涙もの。)

※参考映画

 一方日本では精神病床が世界的にも多く、国際的批判を浴びている。イタリアのこのモデルケースは世界中に注目されており、日本の学会も視察などをして吟味はしているようだ。もちろん各国文化の違いなどもあり、必ずしもイタリアと同じようにはいかない。(イタリアは皆保険制度であるし、また元々成人しても実家に住んでいることに誰も違和感を感じない・・等。日本はこの点などは問題なさそうだが)それにイタリアでも地域差があり、40年たった今も問題はまだまだ山積みのようだ。(地域によって私立病院が多い、在宅治療が経済的に難しい家庭が南イタリアを中心に多い)当事者の方たちの苦労はなかなか公になりづらい。

 この映画は、Villa Biondiという精神に病む女性たちが共同生活をしている施設が舞台だが、ここはトスカーナで比較的恵まれた環境の中にある施設のようだ。(モデルとなった施設が実際にあるらしい)比較的患者の行動の自由が認められ、医師も高圧的でない、また労働の場などが提供され患者が収入を得ることもできる。しかしその中でも疑い深くて支配的なソーシャルワーカーがいるし、主人公などは結構な量の薬を投与され、禁断症状が出ている。

 この映画が結構な悲劇を描いているにもかかわらず、終始暗鬱とすることなく、エンターテイメント性が高い作品として成り立っていることで、いわゆる「狂人」(わかりやすくいうためにこういう言葉を使わさせていただく)と「一般人」の境目は何なのか、と考えさせることに成功していると思う。例えばこれがドキュメンタリーだったら、その悲惨な現状を問題視はするけれどあくまで客観視してしまって、自分のこととしては見れないのではないか。しかしこの映画では「こういうことって自分にもあるよなあ」って思ってしまうのである。この人たちって狂ってるの?けどこういう事情があるならしようがないよねえって。自分だっていつも狂気を無意識にひた隠しにしているのだと思う。それはやはり社会という怖い世界がすぐそこにあるからである。こういった点はこの施設にいる人たちと私たちは同じではないだろうか。そのためだろうか、おそらくこの映画は誰もが爽快感を得られると思う。道路をまっすぐ疾走するオープンカーのなんと清々しいことか!

 話は少しずれるが、例えば発達性障害に関する啓蒙が最近の日本では積極的に行われ始めたが、「障害」と名前がついていることでやはり病気という認識をしている人は多いのではないか。(すぐ障害名がつくのはアメリカっぽいと私は偏見の塊の頭で思ってしまう)




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