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⑤転職していきなり妊娠、切迫流産

新しい職場に転職してまだたったの3か月しか経っていなかった。
人間関係もまだ構築できていないというのに妊娠してしまうとは。
 
初めてだからか、妊娠や出産そのものに対して軽く考えていた私がいた。
 
妊娠がわかっても普通通リの生活をし、職場へも何変わりなく通勤していた。
 
ただ、妊娠したことはちゃんと職場に伝えた。
 
オシャレなコンクリート打ちっぱなしの3階建てのデザイン事務所。
2階部分が仕事場、1階はデザインされた薄暗いシンプルな照明器具と会議テーブル、そして洋書がずらりと並んだ大きな書棚があった。
 
いつもみんな2階で仕事をしている。コピー機は大きかったからか1階にあった。
 
当時の打ち合わせ資料は全て紙ベースだったのでコピーを取る機会がしょっちゅうあった。
 
「これコピー取ってきてよ」
 
何度も何度も何度も2階と1階の往復をさせられた時、さすがに身体がちょっときついと感じた。
 
でも何も言わず上司の言われるままに従っていた。
 
新しい職場でしかもすぐ妊娠、、
「身体がちょっときついです」なんて遠慮して言えなかった自分がいた。
 
ここは頑張らなくてはいけないものだと思いこんでいた。
 
自分のお腹にもう一人の命が宿っているんだという責任感のようなものはあまりなく、

まあ別にいつもどおりにしてればいいんでしょーー。
 
しんどくてもちょっと休んでがんばれば平気でしょーーという軽い気持ちを持っていた。

 
産婦人科選びもかなり適当で、事務所に近いそこらへんの古い産婦人科を選んだ。

今ならあり得ないが産婦人科であるのにもかかわらず診察室で先生が煙草を吸っていた事が印象的だった。
 
妊娠7週目になったころ突然出血。

「切迫流産」と診断され、落ち着くまで自宅で安静にしているようにとのことで約1か月休職を余儀なくされた。
 
「切迫流産」とは妊娠21週目までに流産をしかけている状態で、妊婦さんの15%が経験する。
胎児の染色体異常や母体の子宮内の病気や炎症、ストレスでも発症するそうだ。

この時注射と薬を処方された。
基本的にはできるだけうごかず、自宅でゴロゴロしているようにと医者から言われた。
 
事情を職場に話してお休みを頂いた。

 
先生から言われたようにマンションの部屋でゴロゴロしていた。
必要なものはヨシに買い物をしてきてもらった。
 
1ヶ月ほど経って悪阻こそあったが体調が安定してきたので先生の許可をいただき、また事務所へと復帰することになった。
 
ところが
 
復帰してすぐ、事務所から1駅離れたデザインの仕事が全くない配属先に配置されてしまった。
 
配属先は就職したデザイン事務所の下請け施工会社だった。
 
本社は地方にあり、私が配属された事務所は「とりあえずある事務所」といった感じで、全くもってのんびりしたところだった。
 
仕事がほとんどない。というか全くない。
 
朝出勤してたった2~3行、会計の帳簿を書いてその日の仕事は終わり。
あとはごくごくたまにかかってくる電話の応対。
他夕方までなにもなし。
やりたかったデザインの仕事のかけらなどこれっぽっちもなかった。
 
そんなんじゃなくてもっとデザインの仕事がしたい!という気持ちよりも、転職して何カ月かで休職願いを出したくらいなので会社に遠慮してた気持ちの方が多かった。
 
今なら権利を主張して反論することもできるのかもしれないがそういう意識は働かなかった。まあこんな身体なのだし仕方ないかな。戦力にはならないよね。
 
入社したデザイン事務所のほうへは1ヶ月に1~2度ほど何か頼まれたものを届けるくらいでほどんど行くことはなかった。
 
たまに訪れた時も事務所で働いている上司たちと血の通わない会話をサラリとする程度だった。
 
プロジェクトの話もなければ、近況報告なども非常にあっさりとしたものである。
 
「私は仕事仲間として全然思われていないんだ」という暗黙のさみしさのようなものを訪れるたび感じていった。
 
ところでその配属先である出勤先では施工事務所の所長の山田さんと、私、もうひとりいつも現場に出ている若い男の人の机があった。
 
日常はいつも山田さんと私の二人だけ。
 
山田さんはなんでも昔なにかの商売が軌道に乗って大きな庭のある御殿に住んでいて、庭の池には大きな鯉がたくさん泳いでいたとかなんとか。。

しかし仕事上でトラブルがあって仕事はもとより家やさまざまなものを失ってしまったそうで。。
 
みんないろいろあるんだなあ。。
 
他にもたくさんの話をしてくれた。山田さんの話は面白かった。
 
まあデザインの仕事はできてないけど、体が楽なのがありがたかった。
 
携帯電話をまだコギャルしか持ってない時代。
山田さんは電話機の(家電の)子機をポケットに入れて、「何かあったら電話してねー」と下のパチンコ屋へ遊びにいってしまう。
その間は事務所にあった折りたたみのボンボンベットでごろごろするのが日課だった。
 
仕事らしい仕事もせず身体は平和にしていた私だが、入社したデザイン事務所にとって私はもうお荷物な存在なんだよなあ。。とふと思った。
 

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