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日本で最初に作られたビールを飲んだ

更新が久々になってしまいました。
前回、バレルエイジドビールについて書いて「長くなったので続きは次回~」と締めたんですが、今回はちょっと違う話をしたいと思います。

海外のビールや醸造所について書くの、結構時間と気力がいるんですよね…また余裕のある時に書きます。

さて、じゃあ何について書くのかというと、こちら!!

小西酒造の「幸民麦酒」です!
実はこれ、日本で初めて作られたビールの復刻版なんです。

日本で初めてビールを作った「川本幸民」の出身地・兵庫県三田市が、彼の生誕200年を記念して小西酒造に復刻を依頼し、出来上がりました。

川本幸民って誰?幸民麦酒って?どんな味?
そんなことについて書いていきます。


【商品情報】

  • 小西酒造

  • 330ml

  • 517円

  • アルコール4.5%


川本幸民って誰?

日本近代化学の父

川本幸民は、江戸時代の蘭学者です。
蘭学者とは、鎖国の時代にオランダを経由して入ってきた西洋の学問(医学や天文学、兵学、物理学、化学など)を研究する人です。

三田市HP

兵庫県三田市に生まれた幸民は幼いころから頭がよく、19歳の時に三田藩藩主の命で江戸に遊学。坪井宿で緒方洪庵とともに学びました。

その後は次のような功績を作っています。

  • マッチや銀板写真機、電信機を日本で初めて作る

  • 舎密学と呼ばれていた学問を化学と呼ぶ

  • 蛋白質という化学用語を初めて使った

  • 薩摩藩藩主の島津斉彬に認められ、薩摩藩校の学頭を務める

  • 日本で初めて蒸気船や気球の研究をする

  • 蕃書調所(東大の前身)の教授を務める

  • ドイツの農芸化学書「化学の学校」(Die Schule der Chemie)を訳して「化学新書」として出版、これにより日本に近代化学を取り入れたと言われる

こうした功績から日本近代化学の父とも言われ、黒船が来航した時には通訳として乗り込みました。

そんな川本幸民ですが、知名度はというと、坪井塾での同期であり良きライバルであったとも言われる緒方洪庵の方がピンと来る人は多いように思います。

また、同じ蘭学者でも、杉田玄白、平田篤胤、平賀源内…などの方が「そういえば日本史で習ったなあ」と思い出せるのではないでしょうか。

知名度が低い理由は繰り返し見舞われた火事

川本幸民の知名度がいまひとつ低い理由として、繰り返し見舞われた火事が挙げられます。

実は、幸民は生前3度も火事に遭っており、そこでさまざまな書籍や記録が失われたと思われます。
新居を建てると火事が追いかけてくるなんて冗談を言ったほどだそうです。

といっても上で挙げた実績の多くはそんな繰り返される火事よりあとのもの。

じゃあその後の記録などは残っているのでは…?

ところが…幸民の没後、遺族が東大に書籍や記録を寄贈したんですが、これも関東大震災で焼失してしまったんです。

こうしたことから幸民に関する書籍・記録はあまり残っておらず、それゆえに他の有名な蘭学者に比べて知名度が低いのではないか、と言われています。

川本幸民が作った、日本で最初のビール

ビール造りのきっかけは黒船

川本幸民がビールを作ったきっかけは、黒船でした。

先述の通り通訳として黒船に乗り込んだ幸民はそこでビールを振舞われ、黒船に驚き自信を無くしていた日本人に「日本人でも同じものが作れる!」ということ示すためにビールを作ったのです。

ちなみに、ビールが日本に伝わった時期は正確には不明ですが、1724年には杉田玄白がビールの感想を書いています。なので、ビール自体はもっと前から日本でも知られていたんですね。

江戸時代に作られたビールはどうやって復元された?

川本幸民が作ったビールは、彼が翻訳したドイツの農芸化学書「化学の学校(Schule der Chemie)をもとに復元されました。

この書物から大まかなレシピや醸造方法がわかり、上面発酵であったこと、麦汁を布で濾過していたことも判明しているわけなんですが、問題はホップと酵母をどう調達したかという点でした。

そこで小西酒造さんは、この2点について次のように考えました。

【ホップについて】
当時から日本にあったホップ・カラハナソウは苦味が出ずまずい。
幸民は日本人でも外国のようにビールを作れると示したかったこと、試飲会まで開いて人にビールを振る舞っていたことなどを考えると、美味しくないカラハナソウを使ったとは考えにくい。
蘭学者だった彼なら薬や蘭書と共に海外からホップを輸入したのでは?

【酵母について】
海外から入ったビールに沈澱してた酵母を使った可能性もあるが、当時の運送技術などを考えると日本に来たビールの酵母が生きてる可能性低い。
清酒酵母を使ったのではないか?

こうして出来上がったのか、幸民ビールです。

幸民麦酒を飲んだ感想


最初飲んだ時は、ちょっと薄味かな?と思いました。
小西酒造のレストランでローストビーフ丼を食べながら飲んだのでそう感じたのかもしれませんが(笑)
日本のビールっぽいキレ!炭酸!という感じはなく、とても優しい口当たり。

幸民麦酒を購入し、家で単体で飲んだ時には素朴な麦芽の味がして、表現が難しいのですが、どことなく昔懐かしいミックスジュースみたいな香りがありました。

もちろんビールなのでミックスジュースの香りがする!と言い切れるほどはっきりそういう香りがしたわけではなく、本当に何となく、何とな〜くなのですが…。

それから、麦汁を布で濾過し、発酵後は濾過をしていないからなのか、レースリングの部分ににざらざらしたようなものが残りました。

飲む分には全く気にならない程度です。無濾過のビールってこういう傾向にありますよね。

歴史を感じられるビール

幸民麦酒は、海外のビールとも現代の日本のビールとも違う、薄口で上品な味わいでした。

歴史を知った上で飲んだからなのかシンプルで原始的な感じもして、とても美味しかったです。

濃い味の料理と合わせるとビールの味が負けてしまう感じがするので、薄味の料理に合わせるか、もしくは個人的には歴史や製法を思いながら単体で飲むのが一番かなと思いました。

プロジェクト・バイオ「日本橋茅場町で造られた日本最初のビール “幸民麦酒” 」(小西酒造株式会社 辻巌)

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