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ドラマ『ベター・コール・ソウル』完結|人はどうしたら「breaking bad」するのか

「一線を越える」

一定の線を越えて、言うべきではないことを言ってしまう、すべきではないことをしてしまうことを表した言葉として、日本語にはそういった表現がある。英語では「cross the line」というらしい。ほぼ同じ表現だ。

「Break Bad」

著名ドラマのタイトルであるこの英語。どういった意味だろうか。
ワードのそのままの意味を捉えると、「一線を越える」と同じような意味に思える。”悪(か否かのライン)を越える”ということだ。

『ブレイキング・バッド(BB)』ファンページのトリビアページによると

Comes from the American Southwest slang phrase “to break bad,” meaning to challenge conventions, to defy authority and to skirt the edges of the law.
=アメリカ南西部のスラング「to break bad」に由来し、慣習に挑戦する、権威に背く、法律の端をすり抜けるという意味がある

Break Bad | Urban Dictionary

ということらしい。



前置きが長くなったが、なぜ「Break Bad」の意味を考え始めたのかと言うと、ドラマ『ブレイキング・バッド』のスピンオフドラマである『ベター・コール・ソウル』が完結したからだ。

スピンオフでこそあれ、扱っているテーマは同じように思えた。「どうしたら人は一線を越えるのか、越えた結果どこまでいくのか」だ。

『ブレイキング・バッド』は、「越えた結果、行くとこまで行く」人物(=科学教師ウォルター)を主要人物に添えた作品だった。
当初は家族のために一定のお金を残す程度のテンションだったウォルター。
どこかのタイミングで一線を越えてからはエスカレートし続ける。自分のために、手段を選ばず、あるだけのお金を稼ごうとする。

ウォルターはそもそもの性が利己的であり、その性によって一線を越えてしまう人物として表現されていた。

一方で、『ベター・コール・ソウル』の弁護士ソウル・グッドマンことジミー・マッギルはどうであったろうか。
ジミーは小悪党寄りの人物ではあるが、もともと大きく一線を越えることはなかった。なんとか暮らしているうちに、兄の会社で働き始め、ついには弁護士資格まで取得してしまう。多少脇道にそれることはあれど、弁護士にまでなれたのだから全うな人生だと言える。

しかし彼は出会ってしまった。後に結婚もすることになる同じく弁護士のキム・ウェクスラーに。
会社の地下でタバコを吸いながら慰めあうことから始まり、互いになくてはならない存在になっていく。しかし2人は一緒にいることによって、それぞれが持っていた”悪意”を強めてしまい、周りの人を苦しめてしまう。

Apart, we're okay
but together… We're poison

『ベター・コール・ソウル』 S6-9より

ジミーは1人では「Break Bad」することはなかった。
しかしキムという存在によって一線を越えてしまい、悪事に手を染めていく。親しい存在は、その人の良い面と悪い面、それぞれを強めてしまう可能性があるのだろう。

ジミーはそもそもは利己的で悪意のある人物ではないのだが、親しい人物の存在によって一線を越えるまでになってしまった。

では救いはないのか。

それが救いだと言えるかは何とも言えないが、ジミーはキムの存在によって人生が好転してもいた。一緒にいる間は楽しかったであろうし、愛情も与えあっていた。

そしてスポイラーになりすぎてしまうため詳しくは説明しないが、「Break Bad」したジミーは、キムによってもう一度”こちら側”に戻ってくる。

トータルでキムとの関係が人生にとってプラスなのかマイナスなのかは、捉え方次第だろう。愛情はただあればよいものではなく、愛情があるから一緒にいれば良いものではない。
転げ落ちるときは一気に、なかなか止まらない。しかし自分次第、そして親しい人との関係次第で止まることはできる。相応の対価を払う必要があるかもしれないが現実を受け入れて前に進むことができる。

『ベター・コール・ソウル』は、人と人との関係、愛情の複雑さ、難しさを物語る作品だった。


最後に映像作品としての『ブレイキング・バッド』と『ベター・コール・ソウル』について触れておきたい。
1つの世界線にある2つのドラマシリーズだが、映像表現としては全く異なる。

『ブレイキング・バッド』は実にドラマ的だ。
エピソード毎にストーリーを重ねていき、そのストーリーの厚みが『ブレイキング・バッド』を名作たらしめている。

『ベター・コール・ソウル』はそうではない。
『ブレイキング・バッド』のノリで楽しもうとすると、冗長に感じたり、表現が重たく感じたり、疑問を持ってしまうかもしれない。
『ベター・コール・ソウル』は映画的な作品であり、もちろん前提としてBBサーガのストーリーはありつつ、映像表現の厚みで魅せる作品だ。
陰影、遠近、カメラワーク、色調、音響、必要に応じて設けられる”間”…すべてが超ハイクオリティなのだ。
シーズン6まであるのでなかなか難しいかもしれないが、プロジェクターなどを使ってできるだけ大きな画面、良い音響で観てほしい。

ストーリーで魅せる『ブレイキング・バッド』、ブレイキング・バッドのストーリーという強力なバックグラウンドを持ちながら映像で魅せる『ブレイキング・バッド』。
合計12シーズンの大作ドラマだが、0からでも観る価値のある歴史に残るドラマだと思う。

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