優秀な大学院生・ポスドクはどの大学に集まっているのか

大学院の研究指導力や大学院生の研究強度を示す指標として、国の科研費である「特別研究員奨励費」の採択件数を紹介してみたいと思います。大学院選びだけでなく、学部選びの参考情報にもなるでしょう。

特別研究員奨励費とは、日本学術振興会特別研究員に採用された人に付随する研究費です。大雑把に説明すると、研究計画やプロフィールを審査して優秀と認められた大学院生やポスドクに与えられるものです。したがって、これを受け取っている人は、将来有望な研究者ということになります。大学院生といっても、博士課程(博士課程後期)の学生が対象で、修士課程の学生は含まれないという点に注意してください。

この採用件数を大学別に見れば、優秀な大学院生やポスドクが集まる大学が浮き彫りになるというわけです。しかも、都合のよいことに分野別にわかります。直近のデータを確認していきましょう。この記事の執筆時点(2024年2月8日)で入手可能なデータ(2018年度から2023年度の採用件数、一部2019年度から2023年度の採用件数)で説明していきますので、毎年更新される最新のデータとは齟齬が生じます。気を付けてください。最新状況を知りたい場合は、ご自身で最新データをデータベースから調べてみてください。リンクは貼っておきました。

※データベースの検索結果の左側に出る自動集計値をそのまま使いました。そのため、研究費の交付期間中にポスドクが他大学に移籍した場合は、移籍先の大学もダブルカウントされています。


一例として、経済学分野の件数をデータベースで確認してみましょう。(こちらをクリック

64件:東京大学
21件:京都大学
20件:大阪大学
14件:一橋大学
10件:神戸大学、九州大学、早稲田大学
7件:慶應義塾大学
6件:名古屋大学
4件:東北大学
3件:関西学院大学
2件:筑波大学、総合研究大学院大学、政策研究大学院大学、広島大学
以下略

これを見ると、東京大学があまりに圧倒的であることが分かると思います。次に関西では京大と阪大が人気を二分しつつ東大に続いていること、その後に一橋・神戸・九州・早稲田が続き、さらに慶應義塾や名古屋が続くという構図になっています。九州大学は内訳を見ると工学系の研究科が3件含まれていますので、純粋に経済学の研究科としては慶應義塾と同じ程度になるでしょうか。それ以外にも、所属する研究科・部門が分散している大学がいくつかありますし、数件の違いは誤差の範囲といえるので、単純比較は難しいところです。しかし、大まかな勢力分布は見て取れます。旧帝国大学に限って言えば、九州大学は他大学と良い勝負をしているのに北海道大学は名前すら出てこないという点は注目しておくべきでしょう。

さらに、分野の細目を見ると、各大学の強みも見えてきます。例えば、関西の中でも京大と阪大には傾向に違いがあり、京大は経済統計分野や経済史分野、阪大は労働経済・公共経済分野の割合が相手より多い傾向が見えます(なお理論経済学の割合が多い点は両校とも共通)。読者の皆さんも、こうした使い方で各大学の強みある分野を見ていくと気づきが多いでしょう。他の分野でもやってみてください(細目の多い法学分野などはお勧め)。


近い分野として、次は経営学・商学・会計学分野で同じことをしてみましょう。(こちらをクリック

7件:一橋大学
6件:東京大学
5件:京都大学
2件:筑波大学、大阪大学、慶應義塾大学
1件: 北海道大学、東北大学、東京工業大学、横浜国立大学、北陸先端科学技術大学院大学、明治大学

そもそも大学院生やポスドクの数が少ないのでしょう。件数自体が非常に少ないです。先ほどと異なり、一橋大学・東京大学・京都大学がほぼ互角です。さらに、この分野でよく引き合いに出される神戸大学の姿が消えました。大学受験生や高校教育関係者の皆さんにとっては意外な結果でしょうか?

では続いて、社会学関連(教育社会学は含まれない)で見てみましょう。(こちらをクリック

42件:東京大学
21件:京都大学
17件:立命館大学
11件:一橋大学
9件:早稲田大学
7件:大阪大学、同志社大学
6件:慶應義塾大学、東京都立大学
4件:筑波大学、神戸大学、上智大学、法政大学、関西大学
以下略

大学受験生の多くは、社会学部を持つ一橋が盤石の強さを見せるだろうと予想したかもしれませんが、意外かもしれないことに、一橋は立命館の後塵を拝しています。そしてここでも東大の勢力が圧倒的です。おそらく優秀な大学院進学者(特に関東居住者)は他大学出身者も東京大学に吸い寄せられているのでしょう(先程の経済学分野でも恐らく同じでしょう)。それだけ東京大学に有力教授が集まっている証ともいえます。さらに面白いことに、河合塾が発表する学部の入試難易度ランキングでは同志社の方が立命館よりも上位になっていますが、ここでは立命館の方がダブルスコア以上で同志社を下しています。

同じ社会学でも教育社会学では、これまた少し様子が異なるので、それも載せておきましょう。(こちらをクリック

12件:京都大学
11件:東京大学
6件:大阪大学
5件:名古屋大学、広島大学
3件:神戸大学、上智大学
2件:九州大学、立教大学、早稲田大学、中京大学
1件: 筑波大学、一橋大学、国際基督教大学



東京大学がトップや僅差での2位になる分野ばかり紹介すると新鮮味がなく読者も飽きると思い、そうならない分野を探しましたが、なかなか見当たりません。見つけ出した例として、スポーツ科学関連分野の結果をお示ししましょう。(こちらをクリック

15件:筑波大学
12件:早稲田大学
10件:東京大学
5件:同志社大学、立命館大学、東京都立大学
4件:電気通信大学、名古屋大学、順天堂大学、国立研究開発法人産業技術総合研究所
3件:日本体育大学
2件:神戸大学、熊本大学、大阪市立大学、東洋大学、法政大学、神奈川大学、中京大学、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
以下略

やっと東大が後退し、大学にバラエティが出てきました。


さて、今回は大学院生やポスドクが受け取れる研究費の採択件数のみに着目しましたが、このデータベースは国の科研費全体を検索することができます。したがって、各大学の各分野の教員が、どのくらい科研費に採択されているかということまで分かります。学部の入試難易度で互角とされている大学同士であっても、実は教員の研究力に差があるということも、このデータベースを使えば見えてきます。

※もちろん、科研費の獲得が研究力とイコールというわけではないですが、研究能力や研究時間・研究強度と相関することは容易に想像がつき、門外漢がその学部の研究力を見るには扱いやすい指標と言えます。

出版社などがつくっている大学ランキングでも科研費の件数や金額が出てきますが、そこでの数値は全学部を合算したものなので、大学間の精緻な比較には不向きです(研究費用がかさむ学部を抱える大学ほど数値が大きくなる)。データベースを使って分野別に調べた方がずっと有益といえます。